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ベトナム独立同盟/ベトミン

1941年、ホー=チ=ミンの指導で結成されたベトナムの独立を目指す民族統一組織。ベトミンと言われる。1946年からのフランスとのインドシナ戦争を戦い、ベトナムを独立に導いた。

 1941年、ホー=チ=ミンの指導するインドシナ共産党を中心として組織された、フランス、ついで日本の支配からのベトナムの独立を目指す民族統一戦線組織。幅広い組織・団体・個人が結集した。一般に「ベトミン」(ミンは同盟の盟)と言われる。

日本とフランスの支配と戦う

 1940年9月、フランスがドイツに敗北したことを受けて始まった日本軍のインドシナ進駐という情勢を受けて、反仏・反日闘争を展開した。45年3月、日本軍がフランス現地軍を攻撃して封じ込め、バオ=ダイ帝を擁立してフランスから独立(越南)させると、ベトミンはフランス残存部隊と協力して日本に抵抗した。1945年8月の日本降伏に伴い、各地で蜂起して政権を樹立(八月革命)し、9月2日、ベトナム民主共和国の独立宣言を出した。翌46年に始まるフランス植民地支配との戦いである第1次インドシナ戦争を戦い、ベトナムを勝利に導いた。

Episode ベトミンに参加した旧日本兵

 ベトミンが軍事面の幹部養成のために士官学校を造ったが、そのとき協力者の中にベトナムに残っていた日本陸軍の軍人がいた。彼らは実際の戦闘にも参加し、彼らが教えた戦術はディエンビエンフーの戦いでも生かされたという。「日本が焦土と化しているとの情報で絶望的になった若い兵士ら七百六十六人が、日本に心をのこしながらヴェトナムに留まった。ヴェトミン司令部にいた日本人幹部の調査にょると、ヴェトミンに入って戦病死したもの四十七人、一九五四年のジュネーヴ協定締結後に日本に帰国したのは、百五十人。約四百五十人は、ヴェトナムで消息を断ったままだという。一九八六年十二月、八人の日本人の元ヴェトミン指揮官がヴェトナム政府から金星勲功章を授与された」<小倉貞男『ドキュメント・ヴェトナム戦争』岩波書店 1991>
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ノートの参照
第16章1節 ウ.東アジア・東南アジアの解放と分断