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インドシナ共産党

1930年、ホー=チ=ミンらが結成したインドシナ半島の共産勢力を統合した政党。51年にベトナム、カンボジア、ラオスの各共産党となる。

 1930年2月、中国で活動していたホー=チ=ミンを中心に結成されたベトナム共産党が、10月にインドシナ共産党と改称し、カンボジア、ラオスも含むインドシナ半島三国の共産党勢力を統合した。1941年にフランスからの独立をめざして結成された民族統一戦線ベトナム独立同盟の中核となり、フランスに代わった日本が撤退した後、ベトナム民主共和国の独立を達成した。その後も、フランスからの完全独立を目指して、インドシナ戦争を戦った。
 1951年、ベトナム、カンボジア、ラオスの共産党に分離し、ベトナムではベトナム労働党となり、インドシナ戦争、ベトナム戦争を指導していく。ベトナム戦争後の1976年にベトナム共産党と改称、現在もベトナム社会主義共和国の唯一の政党として存在している。
 カンボジアでは51年、カンボジア人民革命党となり、フランスから帰国したポル=ポトらが加わり、次第に独自色を強めて60年にカンボジア共産党となる。ポル=ポト派のカンボジア共産党は赤色クメールと言われ、ロン=ノル政権との激しい内戦の末、75年に独裁政権を樹立、都市民の農村強制移住や通貨廃止など急進的な政策を遂行する過程で大量虐殺を行った。その間、ベトナム共産党は対立するようになり、79年にはベトナムがカンボジアに侵攻する事態となる。
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ノートの参照
第15章3節 オ.東南アジアでの民族運動の展開