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ベルギーの言語戦争

ベルギーにおける使用言語の差による南北の対立。フランデレン問題とも言う。

 1831年にオランダからの独立を達成したベルギー王国は、1839年にヨーロッパ諸国から独立を認められ、ドイツ系の国王を戴く立憲君主国として歩んでいるが、その内部に深刻な対立を抱えている。それは、北部のフラマン語圏(オランダ語系)地域=フランデレンと、南部のワロン語圏(フランス語系)地域=ワロニーの対立である。独立以来フランス語系の方が優勢で公用語とされたが、フランデレン地域の住民がフラマン語(オランダ語系)の公用語化を強く要求するようになり、しばしば対立は実力行使にも及び、ベルギーの言語戦争、あるいはフランデレン問題と言われてきた。

言語別の連邦制までの歩み

 まず公共機関でのオランダ語使用が立法化を経て、次に1962年には言語境界線が確定され、70年代の交渉の積み重ねによって、1993年には2言語地域の連邦制に移行した。現在では、連邦政府の下に
(1)オランダ語圏の北部 = フランデレン地域
(2)フランス語圏とドイツ語圏で構成される南部 = ワロン地域
(3)フランス語・オランダ語の2言語併用 = ブリュッセル首都圏地域
の三地域にそれぞれ地域政府を設けている。連邦政府は外交、国防、財政、社会保障、司法などの権限を持ち、地域政府は経済、雇用、公共事業、都市開発などを担当する。地域政府とは別に教育、文化などを管轄する言語別の共同体政府がある。90年代まではヨーロッパ統合の動きをベルギーが推進したこともあって、統一が維持されてきたが、2000年代に入り、主として南北間の経済格差が広がったことを背景に、対立が深刻になって、分離独立運動が勢いづいてきた。

総選挙で分離主義派が優勢に

 2010年6月13日に行われたベルギーの総選挙が行われ、オランダ語圏で分離主義派が第一党となった。いまベルギーでは国家分裂の危機に立っている。以下、毎日新聞の記事の要約。
 北部オランダ語圏と南部フランス語圏が対立するベルギーの将来を左右する連邦議会下院(定数150、任期4年)の総選挙が13日、実施された。即日開票の結果、オランダ語圏では南北分離による独立を掲げる民族主義派政党・新フラームス同盟が第1党の座を確実にした。欧州連合(EU)本部を抱えるベルギーは国家分裂の危機をはらみつつ、連邦政府の権限弱体化に向かう見通しだ。
 1993年に連邦制に移行したベルギーの「国の形」が最大の争点となった。各党とも国家改革の必要性では一致するが、手法を巡り、
 (1)オランダ語圏とフランス語圏の南北分離
 (2)連邦制から国家連合への組み替え
 (3)連邦政府からの権限移譲による地域政府の強化
に分かれる。選挙は言語圏別に実施され、地元テレビの開票速報によると、人口が多いオランダ語圏では独立を目標に据える新フラームス同盟が得票率23~32%、連邦維持派が主流の仏語圏では中道左派・社会党が33%で首位に立っている。新フラームス同盟のデ・ウェーフェル党首(39)は連邦政府権限を国防・外交にとどめ、言語圏別の地域政府に財政や社会保障の権限を移し、独立国家に近づけたい考えだ。

南北対立の背景

 経済的に豊かなオランダ語圏には「なぜ、貧しい仏語圏を支えなければならないのか」との不満がある。仏語圏の失業率が高いことなどから社会保障負担を通じ、年間推定約50億ユーロ(約5550億円)がオランダ語圏から仏語圏に渡っているとされるためだ。<毎日新聞 2010年7月14日朝刊 国際面の記事より>
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ノートの参照
第17章1節 イ.先進経済地域の統合化