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全斗煥/チョンドゥファン

韓国において、1979年の軍事クーデタで実権を握り、80年光州事件を弾圧して大統領となった。

 チョンドゥファン。韓国の軍人で第12代大統領(在任1980~88)。大統領退任後、収賄と光州事件の弾圧責任を問われ無期懲役となって収監される。

クーデターで実権に義理、光州事件を弾圧:

盧泰愚らと同じく陸士十一期生グループ。1979年の朴正煕大統領射殺事件を機に軍の実権を握り、5月17日クーデターで軍政を開始する。全羅南道で起こった民衆反乱の光州事件を軍を動員して弾圧、大統領に就任した。その政治は新軍部政権といわれ、朴政権と同じように経済開発とアメリカ合衆国との同盟関係を優先し、NIEsの一つとしての経済発展を継続したが、一方で国内の民主化運動、反政府活動を厳しく取り締まり、言論を統制した。1984年には韓国大統領として初めて来日、昭和天皇は挨拶で「不幸な過去」に遺憾の意を表明した。

六月民主抗争

:1987年6月、全国で100万を超える学生・市民が民主化運動が起きるとやむなく「六月民主化宣言」を発表し、大統領直接選挙などを確約せざるを得なくなった。憲法は同年中に改正され、大統領は国民の直接選挙で選ばれ、任期5年で再任は認められないこととなった。大統領には全斗煥と同じ軍出身の盧泰愚が当選したが、翌1988年、野党民主派が多数を占める議会で全政権時代の政経癒着と人権弾圧の追及が大々的に始まり、その在任中の疑惑が表面化した。11月、全斗煥は国民に謝罪、江原道のお寺で隠遁生活に入った。

光州事件の弾圧責任を追及される

:さらに民主化の進んだ金泳三政権下の1995年には、盧泰愚前大統領に続いて全斗煥も在職中の収賄容疑で逮捕され、さらに光州事件での民衆殺害の責任も追及された結果、97年に大法院によって無期懲役、追徴金2205億ウォンが課せられ収監された(ただし、同年の金大中当選直後に特別赦免となり釈放された)。
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