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ジャヤヴァルマン7世

12世紀のカンボジア王国アンコール朝の全盛期の王。

カンボジアのアンコール朝全盛期の王。1177年にチャンパーによって占領されたアンコールを1181年に奪回し、王位に即いた。さらに1190年にチャンパーを征服し、アンコール朝の版図をほぼインドシナ半島全域に広げた。篤く仏教を信仰し、都城のアンコール=トムを仏教都市として完成させ、多くの仏教寺院を建造した。一方でヒンドゥー教に対しては冷淡で、ヒンドゥー寺院であったアンコール=ワットも仏教寺院として使われるようになった。ジャヤヴァルマン7世は、国内に道路網を整備し、その道沿いに102の病院(施療院)をはじめ、多くの石造寺院を建造し、その版図はインドシナ半島全体に及んだ。しかし王の死後、アンコール朝の衰退が始まった。

Episode 『癩王のテラス』

 ジャヤヴァルマン7世は多くの病院を建造したことでも知られるが、伝説に拠れば、彼自身が癩病(ハンセン氏病)を病み、若くして死んだという。アンコール=ワットを訪れた三島由紀夫は、この「若き癩王の美しい彫像」をみて着想を得、戯曲『癩王のテラス』を発表した。しかし、ジャヤヴァルマン7世がハンセン氏病であったという確証はない。「タ・プローム碑文によれば、王は国内に102の施療院(アーロギャーシャーラ、「病人の家」の意味)を建て、王みずから病人の世話に関わり、年に三回薬や薬草を供与していたという。<石澤良昭『アンコール・王たちの物語』2005.7 NHKブックス>
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第2章2節 イ.インド・中国文化の受容
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石澤良昭『アンコール・王たちの物語』2005.7 NHKブックス