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呉楚七国の乱

漢(前漢)の前2世紀中ごろ、有力諸侯が起こした内乱。

 の第6代景帝の即位後、前154年に、有力な諸侯王国のうちの、呉・楚・趙など、中国東南部の七国が、中央政権に対して連合し、挙兵した内乱。各国の王は劉氏一族で高祖によって国王として封じられた者の子孫であった。当時の中国を二分する内乱となったが、彼らが中央政府に反発したのは、中央政府が諸侯王の封地を削減して皇帝の直轄地を拡大しようとしたからであった。しかし反乱はわずか三ヶ月で失敗し、鎮圧された。それを境に漢帝国の諸侯抑圧策は強化され、次の武帝の時代には郡県制がさらに拡大され、実質的な中央集権体制となる。
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第2章3節 キ.漢代の政治