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大興城

中国の隋王朝を開いた楊堅(文帝)が、漢以来の長安の近郊に建造した都城。現在の西安。

 文帝(楊堅)長安に大興城を建設し首都とした。周の鎬京、秦の 咸陽もその付近にあった。漢の高祖が長安を首都として以来、晋、西魏、北周の都として続いたが、隋ではその近くに新たに都城を建設した。それが大興城である。それを継承した唐の都長安は、国際都市として繁栄した。現在の西安市がそれにあたる。なお、煬帝は長安を西京とし、東方の洛陽にさらに東京(とうけい)を建設したが、その土木工事で農民に過剰な労役を負担させ、反発を強めた。
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第3章3節 ア.隋の統一と唐の隆盛