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鮮卑

五胡の一つ。拓跋氏が有力となり北魏を建国。

せんぴ。五胡の一つ。モンゴル高原で活動していた遊牧民族。モンゴル系とツングース系の混血とか、トルコ系などの説がある。はじめ、匈奴に服属していたが、匈奴の分裂後、2世紀頃に部族の統一を果たす。その後、内モンゴルに進出、いくつかの部族に分裂しながら漢文化を取り入れしだいに発展した。
鮮卑は遊牧民であったので、数十家族がテント群を構成していた。中国人はそのようなテント群を“落”とよび、いくつかの落の連合体を“部”とよんでいた。有力な部には慕容部と拓跋部があった<間野英二『内陸アジア』朝日新聞社 地域からの世界史6 p.39>。現在では一般に、慕容氏、拓跋氏というように“氏”をつけて呼んでいる。しかし、必ずしも血縁集団の意味の氏ではないので注意を要する。
五胡十六国時代には中国北東部から華北に侵入し、いくつかの国を建てた。まず慕容(ぼよう)氏は3世紀末から流入した漢人亡命者たちを通じて中国文化を吸収し、357年に北中国に進出して河北の鄴(ぎょう)を都とする前燕(307~370年)を建国した。ほかに、乞伏(きっぷく)氏は秦、禿髪(とくはつ)氏は涼をそれぞれ建国した。

拓跋氏の台頭

 その中の拓跋氏の建てた北魏が439年、華北を統一し五胡十六国時代を終わらせる。鮮卑はその後、漢民族に同化し、独自性を消失する。
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ノートの参照
第3章1節 ア.北方民族の動向