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揚州

中国の長江下流の商業都市。

長江下流(揚子江)北岸、江蘇省の商業都市。隋の煬帝は大運河に建設してこの地を洛陽、長安につなげ、離宮をおいた。煬帝は最後は長安を避けて揚州に移り、ここで部将に殺害された。唐時代には海上貿易の拠点として栄え、アラビア商人も来て取引が行われていた。アラビア商人(ムスリム商人)はこの地を「カンツー」(江都の音訳)と言った。日本の遣唐使の中継地でもあった。明・清時代まで商業都市として栄えたが、清末の太平天国の乱で荒廃したが、現在では長江下流域の重要な商業都市として復興している。また、ムスリム商人の居住地もあり、彼らは大食(タージー)と言われていた。

Episode 里帰りした鑑真和上像

 日本に渡来して戒律を伝えた唐僧鑑真は、この地の大明寺の僧侶であった。大明寺は現在も揚州の旧城内に残っており、かつて日中友好の一環として奈良の唐招提寺の鑑真和上像が里帰りしたことが記憶に新しい。
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ノートの参照
第3章2節 イ.唐の制度と文化