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武韋の禍

唐代の則天武后と韋后が実権をにぎり、混乱したこと。

則天武后が死去して中宗の代となったが、こんどは中宗の皇后の韋后(いこう)が武后にならって実権を握ろうとし、710年に娘の安楽公主とはかって中宗を毒殺した。この武后と韋后という二代にわたり皇后が政治の実権を握って政治が混乱したことを武韋の禍(ぶいのか)という。その年のうちに中宗の兄の睿宗(武后に廃位された)の子の隆基(後の玄宗)が韋后と安楽公主らを殺害して父の睿宗を復位させた。
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第3章2節 エ.唐の動揺