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玄宗

唐王朝中期の皇帝。開元の治で安定したが晩年は政治が乱れた。

の中興の祖といわれる皇帝。クーデターによって韋后とその一派を倒し、父の睿宗を復位させ、712年父から譲位されて皇帝となった。在位756年まで。その前半は引き締まった政治を行い、「開元の治」と言われたが、晩年は楊貴妃を溺愛して政治を顧みず、その一族楊国忠が実権を握り、それに反発した節度使安禄山などの反乱である安史の乱が勃発し、唐王朝を動揺させることとなった。

Episode ポロの名手玄宗

 若い頃の玄宗は、スポーツと音楽を愛する人間的な皇帝であった。特にポロは得意で、兄弟たちと楽しんでいた。吐蕃の使節との試合でも4人で10人を相手にして勝ったという。ポロは馬に乗って行うホッケーで、イランを起源とし吐蕃を通じて唐に伝わり、流行していたという<石田幹之助『長安の春』東洋文庫 p.176,304>(山川出版社『詳説世界史』p.80の図を参照)。
また玄宗は音楽にも優れており、みずから管弦楽器を演奏し、「皇帝梨園弟子」という楽団を作った。日本で歌舞伎界のことを梨園(りえん)というのはこれによるという。このように玄宗は人間的な魅力のあった皇帝なので、晩年に楊貴妃を溺愛して唐朝を傾けたにもかかわらず、人気が高い。<布目潮渢・栗原益男『隋唐帝国』p.145>
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ノートの参照
第3章2節 エ.唐の動揺