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マケドニア朝

9~11世紀のビザンツ帝国の王朝。

ビザンツ帝国(東ローマ帝国)の王朝(867~1056)。マケドニア朝初代のバシレイオス1世は、マケドニア地方の貧しい農民の出身であったが、コンスタンティノープルに出てきて有力者の従者となり、さらに皇帝ミハイル3世の従者団に加わって頭角を現し、ミハエルの対抗馬の暗殺を実行して信任を得、その養子となった。ついにはミハエル3世を暗殺し、867年皇帝となり、マケドニア朝を創始した。

マケドニア朝ビザンツ帝国の隆盛

 マケドニア朝では皇帝専制政治がしかれたが、軍管区制のもと地方勢力も自立し、政治的混乱が続いた。北方のブルガリア王国との戦争を積極的に進め、1018年にバシレイオス2世のときにそれを滅ぼしている。また、バシレイオス2世は、妹アンナをキエフ公国ウラディミル1世に嫁がせたが、それを機にキエフ公国のビザンツ化、ギリシア正教の布教が進み、988年にはギリシア正教を国教にするに至る。
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第6章2節 ア.ビザンツ帝国の繁栄と衰亡