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永楽大典

明の永楽帝が編纂させた百科事典。1408年に完成した。

 明の永楽帝が編纂させた百科事典。3年をかけて1408年に完成した。百科事典としては中国最大と言われ、全部で2万2877巻1万1095冊からなるが散逸して一部が残っているだけである。

Episode 『永楽大典』、砲車の下敷きに

(引用)膨大な『永楽大典』が完成すると、永楽帝はその巻頭に御製の序文を付け、帝の学問所であった文淵閣に保存することを命じた。あまりに大部な書物であったので、この時代には一部しか作られなかったが、のち、嘉靖41年(1562)、勅命によって、副本がもう一部つくられて、帝室文庫である皇史成におさめられた。永楽帝がつくらせた正本は、明帝国滅亡のさい焼失したが、副本は焼失を免れて、清帝国にうけつがれた。清朝では、これを翰林院におさめ、『四庫全書』の編纂などに大いに利用した。
 しかし、こうして大切に保存されてきた副本も、咸豊10年(1860)、アロー号戦争で英仏連合軍が北京に侵入した時、焼失したり散逸したりしてしまったので、現在では世界中に60余冊しかのこっていない。つたえられるところによると、北京に侵入した英仏連合軍は、この書物が超大型で部厚かったので、これを道路に敷きつめ、その上に砲車を砲車をとおしたということである。永楽帝が後世にのこした文化遺産の大部分は、こうしてうしなわれた。<寺田隆信『永楽帝』中公文庫 p.231-233>
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ノートの参照
第7章1節 イ.明初の政治
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寺田隆信
『永楽帝』
1997 中公文庫
初版 1966 人物往来社