印刷 | 通常画面に戻る |

四庫全書

清朝の乾隆帝の時編纂された叢書。四庫とは甲部が経書、乙部が史書、丙部が諸子、丁部が文集という四部構成であった。

 朝の乾隆帝の命令で編纂された叢書。乾隆帝は全国の書物を提出させ、甲乙丙丁の四部門に分け(甲部は経書、乙部は史書、丙部は諸子、丁部は文集)て筆写し、10年の歳月を費やして完成させた。全部で3458種、79224巻を36382冊の豪華な本に装丁し、あわせて七部つくらせ、四部を首都北京(紫禁城の文淵閣、奉天宮の文溯閣、円明園の文源閣、熱河避暑山荘の文津閣)に置き、3部は揚州(文滙閣)、鎮江(文淙閣)、杭州(文瀾閣)に置いて学者の閲覧を許した。これらを納めた建物すべてに水にちなんで命名されているのは、火災を恐れていたためである。<入江曜子『紫禁城―清朝の歴史を歩く』2008 岩波新書 p.64>

四庫全書編纂と文字の獄

 四庫全書編纂のために全国から書籍を集めたとき、江南地方からの提出が少なかった。明朝の基盤であった地域なので、反清朝の文言のある書物が多いためではないかと疑った乾隆帝は、さらに強く書物の提供を命じた。その結果、多数の反清朝の言辞や文言が見つかり、それらはすべて焼き捨てた。このように、この書物の政府による調査には、反満州人、反清朝の書物を探し出し、取り締まるという文字の獄につながる目的もあった。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
7章2節 ア.清代の統治