印刷 | 通常画面に戻る |

黎利/レ=ロイ

ベトナムを明の支配から解放し、1428年に黎朝を建てた。

 黎利(レ=ロイ)は地方豪族で、明との10年にわたる戦いに勝ってベトナム(大越国)の独立を回復し、1428年に黎朝を建てた人物。黎利は31歳の時、タインホア省ラムソン(藍山)のジャングル地帯で、同志18名と「祖国と国民を救うため最後まで戦おう」という血盟の書を交わした。同志の中に、陳朝の役人の子で後に国民的詩人として知られる阮薦(グエン=チャイ)がいた。1418年、ランソンで1000人の同志を集めて決起し、ゲリラ戦を展開し、明軍に対しては待ち伏せ作戦で粘り強く戦った。

明からの独立を達成し、黎朝を樹立

 1424年、永楽帝の死去で意気の上がるベトナム反乱軍は1427年末、明の大軍が守るハノイを包囲、その時は20万の大軍になっていた。黎利は阮薦の進言を入れて、陳朝の血筋にあるものを王とすることを条件に明に和議を申し出、明も受け入れて黎利は戦いに勝利、明軍8万が引き揚げることを保障した。翌1428年、陳朝の王が自ら身を引き、黎利は4月に都東京(トンキン、ハノイのこと)で即位して黎朝をひらき、国号を大越(ダイヴェト)とし20年ぶりでベトナムの独立を回復した。明は毎年の朝貢を条件に安南王に封じるという形でその即位を認めた。黎利は即位すると有能な官僚・儒学者であった阮薦を重用して政治体制を整えた。<小倉貞男『物語ヴェトナムの歴史』1997 中公新書 p.118-136> → ベトナム(2)
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
7章1節 ウ.明朝の朝貢世界