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オランダ総督

 

1581年にスペインからの独立宣言をおこなって成立したネーデルラント連邦共和国の最高権力者の地位。単に総督でもよく、統領とも訳される。初代は独立運動を指導したオラニエ公ウィレムが就任した。オランダは連邦の7州の中の最大の州で首都のアムステルダムもその州にあったので、オランダ総督と称された。この地位は形式的には共和政国家の元首であるが、オラニエ家に世襲されたので、実質的には王位と同じ存在であった。ただし、数年にわたる無総督の時期もあった。ネーデルラント連邦共和国の内部では、オラニエ家の絶対王政を主張する勢力、立憲君主政を求める勢力、完全な共和政を主張する勢力などが抗争し、政治は安定しなかった。そのような中でフランス革命が起こるとその影響で共和派が台頭し、1795年にはバタヴィア共和国が成立した。それによってネーデルラント連邦共和国とともにオランダ総督の位も消滅した。
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ノートの参照
8章4節 エ.オランダの独立とイギリスの海外進出