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カニング

カニング

19世紀初頭のイギリスの政治家。外相としてアメリカのモンロー宣言を支持。

カニング George Cannig (1770-1827) はトーリ党に属していたが、自由主義的な思想を持ち、自由貿易や議会制度の改革を推進した。特に外相として活躍し、1822年にメッテルニヒらに指導されたヨーロッパ列強がラテンアメリカの独立運動に介入しようとしたことに反対し、ラテンアメリカへの不介入宣言をアメリカに呼びかけたことで知られる。この呼びかけに対してアメリカ合衆国のモンロー大統領は単独でモンロー教書を発表した。 カニング外相は、ただちにモンロー宣言の支持を明らかにした。その意図は、スペインのラテンアメリカ支配の復活を阻止し、産業革命を進展させたイギリスにとって、ラテンアメリカを大きな市場とすることであった。

Episode カニングという名前

 このカニング Canning はキャニングとも表記されるが、日本ではカンニングに通じ、響きがよくない。しかし不正行為意味するカンニングは、cunning なので念のため。なお、英語ではテストの不正行為はカンニングとは言わず、cheating というそうです。ところでこのカニングはなかなか面白い人で、小ピットの薫陶を受け、トーリ党でも最も才気のある人物だったという。それだけに敵も多く、1807年に初めて外相となったときは、陸軍大臣だったカスルレー(ウィーン会議のイギリス代表)と衝突して辞職し、決闘騒ぎとなり、負傷した。その後、インド監督局総裁を経て22年に外相に再任され、さらに1827年に首相となったが、在任4ヶ月で病死してしまった。
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ノートの参照
第12章1節 イ.ウィーン体制の動揺