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トーリ党

イギリス議会初期の政党で王政の存続を認める保守派。後に保守党につながる。

 17世紀のイギリスピューリタン革命後の王政復古期に、イギリス議会において、チャールズ2世の合法的な相続者としてカトリック教徒の王弟ジェームズの即位を認めた一派のこと。それに対してジェームズの即位を認めない議員グループをホィッグ党と言った。

トーリの意味

 1670年にホイッグ党が出した王位継承排斥法案を議会に提出したが、トーリはそれに反対し、議会で否決した。彼らはダンビーを首領とする旧貴族階級が多く、宮廷を基盤としていた。対立するホィッグ党からは「アイルランドの無法者」の意味のトーリ(Tory トーリーとも表記)と言われた。本来は蔑称であったが、次第に自らをトーリと称するようになった。アイルランドにはカトリック教徒が多かったので、カトリックのジェームズを支持したこの一派が多かった。

トーリの性格

 トーリ党の基本的な性格は王権との協調、国教会信仰、旧騎士階級などの保守派を代表する勢力であったが、ジェームズ2世のカトリック復帰策にはホイッグに協力し、名誉革命では国王の追放を実現、立憲君主政を担う政党になっていった。しかし、18世紀前半にはホイッグ党がハノーヴァー朝を支持し、ウォルポールが出て政権を独占、トーリはジェームズ2世の子孫を国王に復帰させようとするジャコバイトと見做され、勢力はふるわなかった。

小ピット

 18世紀末のフランス革命期にトーリ党から小ピットなどの人材が現れ、ホィッグの改革に対する保守勢力として政党化が進み、1830年代に保守党へと転身し、20世紀前半までは自由党との、20世紀後半から現在までは労働党との二大政党制の一方の政権担当政党として続いている。 → 政党政治 
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ノートの参照
9章1節 ウ.イギリス議会政治の確立