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憲法修正第14条

アメリカ合衆国で南北戦争後の1968年に制定された憲法の修正条項。黒人の市民権を認めた。

 アメリカ合衆国において、南北戦争中にリンカン大統領は奴隷解放宣言を行い、それを恒久法とするために、1866年に連邦議会はアメリカ合衆国憲法憲法修正第13条を加え、奴隷制廃止を定めた。リンカンの後継者となったジョンソン大統領は南部との妥協を図ったが共和党の急進派は、議会で多数を制し、1868年に憲法修正第14条を採決し南部各州に批准を迫った。その内容は、
  1. 合衆国市民権は出生または帰化によって取得される。各州は合衆国市民に保障されている権利を制限してはならない。
  2. 南部が黒人男子に投票権を認めない場合は、その数が男子総人口に占める割合に比例させて、その州から選出される下院議員数を削減する。
  3. 南北戦争で南部連合を支持した元公務員から選挙権と公職就任権を剥奪する。
  4. 南北戦争中の連邦制の負債は支払われるが、南部諸州の負債支払いと奴隷解放による損失の補償の請求権は認めない。
というもので、第1節で合衆国で出生した者、帰化したものすべてに市民権をあたえるという条文により、黒人にも市民権を与え、第2節で黒人(男子だけではあったが)に投票権権を与えない州には不利益を蒙るというかたちで、その選挙権を認めさせようとするというものであった。第3,4節は南北戦争の戦後処理で、南部諸州にとって厳しい条件であった。
 合衆国政府はその批准を南部諸州の復帰の条件として迫り、1868年にアーカンソー、ルイジアナなど7州がこの条件を満たして連邦に復帰し、70年にはテキサス、ミシシッピ、ヴァジニアが復帰した。合衆国政府は連邦軍を南部に駐留させることによって南部の「再建」を進め、さらに1870年には、憲法修正第15条を成立させ、黒人投票権を確定させた。
 しかし、1877年に連邦軍が南部を撤退し「再建」の時代が終わると、様々な形で黒人差別が合法化されていくこととなった。
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第12章3節 ウ.工業国アメリカの誕生