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黒人投票権/憲法修正第15条

南北戦争後のアメリカで、1870年、憲法修正第15条によって黒人に選挙権が与えられた。

 南北戦争の結果としての黒人奴隷制の廃止を受けて、1870年3月、アメリカ合衆国憲法憲法修正第15条を加えることによって黒人にも選挙権を認め、さらに黒人の公民権侵害に対する処罰法ともいうべき強制法が制定された。こうした数年間は、アメリカ黒人の歴史において画期的な一時期となった。このとき、大部分の黒人は、初めてこの国で選挙権を行使することができた。州議会に選ばれて黒人が自分の生活について自分の口でものを言ったのも、このときが初めてである。いくつかの州では、州議会の下院議員の半数近くが黒人議員によって占められた。また、州政府の各種機関に多数の黒人が進出した。そればかりか、国の政治にも直接関与し、1869年から1876年の時期に、14人の黒人下院議員と二人の黒人上院議員がワシントンの国会に送られた。<本田創造『アメリカ黒人の歴史 新版』岩波新書 p.132>
 しかしこの憲法で保障された黒人投票権は、合衆国に復帰した南部諸州では黒人差別が始まり、19世紀末から巧妙な週報の制定により、事実上、奪われていくことになる。 → 黒人分離政策 公民権運動

憲法修正第15条とその落とし穴

 アメリカ合衆国憲法の憲法修正第15条は次の2節からなる、簡単な条文だった。
 第1節 合衆国市民の投票権は、人種、体色、あるいは過去における服役の状態にもとづいて合衆国あるいは各州により拒絶あるいは制限されることはない。
 第2節 連邦議会は、適当な法律規定によって本条の諸規定を施行する権限を有する。
このように人種、肌の色で選挙権を制限してはならないとなったのだから黒人の選挙権は確実になったと思われたが、実際にはそうはならなかった。それは、この条文は財産や文字の読解力というような資格を設けることを禁止していなかったからである。そのため、南部諸州においては「人頭税」や「読み書き試験」を取り入れることによって事実上、黒人の選挙権を制限することが行われるようになり、約1世紀にわたって黒人差別が続くことになる。<大下尚一他『アメリカハンディ辞典』p.58>

黒人投票権の確立

 第二次世界大戦後の1960年代に、ようやく公民権運動が盛り上がりを見せ、1964年の公民権法で公共施設における黒人と白人の分離が憲法違反であることが確定し、1965年の「投票権法」で、州が黒人の有権者登録を不当に妨害した場合、連邦政府が有権者登録を行えるようにした。アメリカの場合は、日本と異なり、役所で自動的に有権者登録をするのではなく、各人が有権者登録をする必要があるが、州レベルで行われる有権者登録の際に、黒人は文字を書けないなどの理由で登録を拒否される場合があったが、現在では一定の居住資格さえあればだれでも有権者登録が行え、また実際の投票も記名ではなく候補者に○を付けるという簡略な方法になっている。
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ノートの参照
第12章3節 ウ.工業国アメリカの誕生
書籍案内

大下尚一他
『アメリカハンディ辞典』
1989 有斐閣