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ディーゼル

19世紀末~20世紀初めのドイツで内燃機関を改良。

ディーゼルはパリ生まれのドイツ人。1892年に内燃機関を発明した。内燃機関はガスが使われていたが、ガスが手に入りにくいところでは不便だったので、1873年にフィラデルフィアのブレイトンが、石油のしみこんだ吸収剤を通した空気をシリンダーへ送り燃焼させる機関を発明した。石油機関の決定的改良を行ったのがディーゼルだった。彼は熱の無駄を無くすために、燃料を少しずつ注いで最高温度を調節し、排気の温度を低くしようとして、一定量の石油が圧縮空気にふれると自然に着火できるようにした。ディーゼル=エンジンは潜水艦の動力としても注目され、第1次世界大戦が近づくとドイツはその特許を国家に提供するようディーゼルに迫ったが、彼はそれを拒否し、イギリスに協力しようとした。ディーゼルは1913年になぞの死を遂げる。 → 潜水艦

Episode ディーゼルの悲劇

 ディーゼル・エンジンを発明したのはドイツ人のルドルフ=ディーゼルである。ディーゼルは職人の息子として生まれ、少年時代を貧困のうちに暮らし、ミュンヘン工科大学を大学始まって以来の成績で卒業した。学生時代から内燃機関の研究に取り組んだ彼は、25歳の時、高価なガソリンの代わりに安価な軽油や重油を燃料とするエンジンを発明し、98年に世界初のディーゼル・エンジンを完成させて特許を取った。ディーゼルは自分の発明が世界の人々の利益になるよう、適正な特許料を払えば誰でも新技術を利用できるようにした。またイギリスにも自分の会社を設立した。1900年代からイギリスとの間で激しい建艦競争を行っていたドイツ海軍は、潜水艦の実用化を急ぎ、燃料効率の良いディーゼル・エンジンを搭載することを考え、ディーゼルに対して戦争のために役立つ彼の特許すべてを国家に提供するよう要請した。しかしディーゼルはその要請を拒否した。1913年の秋、イギリス海軍がディーゼルに新型エンジンについて話を聞きたいと申し入れると、ディーゼルは同意してロンドンに向かった。ところが9月29日夜、アントワープ港の船中からディーゼルは忽然と姿を消し、2週間後にオランダのトロール船にその遺体がひっかかった。後頭部に鈍器で殴られた傷跡があり、明らかに他殺であったが、二人の同行者は罪に問われることはなかった。状況からはディーゼルの”利敵行為”をドイツ秘密警察が阻止するため、同行の二人に殺害させたものであろう。<折口透『自動車の世紀』岩波新書 1997 p.82-88>
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第12章4節 ウ.科学・技術と市民生活
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折口透
『自動車の世紀』
1997 岩波新書