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サイイド=アリ=ムハンマド

イランの宗教家でシーア派の分派バーブ教を創始し弾圧される。

イラン南部のシーラーズで生まれ、商人として活動していたが、商売を放棄してシーア派の聖地のカルバラー(現イラク)に赴き、十二イマーム派を発展させた思想に触れる。イランに戻った1844年、突如として「神の呼びかけ」を聞いたとして「イマームへの知恵の門(バーブ)が開かれた」と説教を始め、バーブ教を創始した。やがて彼は自らが「神隠れしたイマーム」そのものであり、救世主(マフディー)であると主張するようになった。シーア派の正統派では、イマームは「神隠れ」していると考えているので、このバーブ教徒の思想は認められず、危険なものと捉えられた。そのため1844年にカージャール朝政府に捕らえられた。反発したバーブ教徒は1848に反乱を起こした。これがバーブ教徒の反乱とされるものである。サイイド=アリ=ムハンマドは50年に銃殺され、反乱は52年に鎮圧された。
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ノートの参照
第13章1節 エ.イラン・アフガニスタンの動向