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十二イマーム派

イスラーム教シーア派の中の主流派。アリーの子孫の12代をイマームとして尊崇し、第12代イマームは「隠れイマーム」となって終末に再臨すると信じる。サファヴィー朝の国教。

 イスラーム教の主流派で多数派であるスンナ派に対して、少数派とされているシーア派のなかの主流派の位置を占める宗派である。
 十二イマーム派は、第4代カリフアリーとその子孫だけをムハンマドの後継者、ウンマ(信者の共同体)の指導者(イマーム)として認める。アリーはムハンマドの甥であり、またその娘ファーティマの夫であったから、その子孫にのみムハンマドの血統が受け継がれているとし、その他のカリフの指導性を認めない。

イマームとは

 十二イマーム派では、イマームはムハンマドのように神との特別の関係を持ち、神の代理として信者の精神的指導者となるとされ、彼らは誤りや罪を犯すことがなく、ムハンマドを通じて神から特別の知識を与えられている信じられていた。随ってその継承には、ムハンマドの血統をひくことと先任者から指名されることが条件とされた。
 しかし指名がないままにイマームが亡くなるようなことがあると後継を巡って争いが生じ、12人のイマームを認める十二イマーム派に対して、それぞれ別なイマームを支持するイスマーイール派などの分派が出現した。

「隠れイマーム」

 イマームの中で特異な存在が第12代である。第11代イマーム・アル=アスカリーが874年に急逝したとき、シーア派の多くはその兄弟をイマームに選ぼうとした。しかし十二イマーム派の人びとは違った主張をした。 → シーア派の項を参照
(引用)彼らは、アル=アスカリーには彼自身が後継者に選んだ幼児がいると主張した。シーア派の人びとの多くには、そんな子供など初耳だった。彼らは疑念を捨てきれずに反対した。いったい、どのようにしてその子供が存在するとわかるのか。返答はこうだった。子供の身元を暴露すれば、彼も全シーア派共同体もアッバース朝当局から襲われる危険を冒すことになる。シーア派は昔に比べると政治活動を控えていた。しかし、アッバース朝からは疑いの目を向けられていた。それで、新しいイマームの身元の公表は賢明なことではないと見なされた。
 この神秘的な子供について懐疑を表明する者も多かったが、シーア派の多数には、彼が新しいイマームになるのだが、未来のある時期まで隠れているという考えがゆっくりと浸透していった。こうして彼には「隠れイマーム」という称号が与えられた。十二イマーム派の学者たちは、彼はサーマッラーの小洞窟で隠れたと教えた。今日でも、シーア派はこの洞窟の上に建設された小さなモスクに参集して、彼の機関を祈っている。・・・
 学者達は言う。あの最後の日、隠れイマームは天界の光の炸裂の中にふたたび現れるだろう。彼は天使の軍隊の先頭に立ち、何百年も忠実にイマームにしたがってきたシーア派の人びと全てを率いている。彼は、ムハンマドのサンダルとリングを身につけ、手にはムハンマドの剣を振るう。・・・隠れイマームは「アル・マフディー」つまり神に導かれたものとも呼ばれる。・・・第12代イマームはシーア派共同体が受けてきた艱難辛苦もついに終わらせるのである。そして、神がありとあらゆる生命におのおのの運命を定める審判の日まで、正義と知恵を持ってシーア派共同体を支配する。
 このような考えは、十二イマーム派が等しく心に描くが、スンニー派共同体には決して受け入れられなかった。事実、このような信念が二つの宗派の乖離の主な原因である。<M.S.ゴードン『イスラム教』1994 青土社 p.99-100>

イランの国教となる

 16世紀初め、イラン北西部を拠点に台頭した神秘主義教団サファヴィー教団の指導者イスマーイール1世がイラン全域を支配し、サファヴィー朝を建国した。サファヴィー朝は、アフガニスタンのシャイバニ朝、アナトリアのオスマン帝国に挟まれ、国家の存立意義をスンナ派の両国とは異なるシーア派の分派である十二イマーム派を国教とすることに求めた。その中核となったのは、トルコ系遊牧部族民からなる騎兵集団のキジルバシュであった。16世紀末のアッバース1世の時に最盛期を迎え、首都イスファハーンが交易とシーア派学芸で栄えた。こうしてイランはイスラーム世界の中では少数派であるシーア派国家として存続することとなり、それ以後の諸王朝を経て、シーア派ウラマーは社会の中枢として伝統的支配権を強めていった。

イラン革命

1970年代に世俗化を進めようとしたパフレヴィー朝に反発したシーア派ウラマーのホメイニによって1979年にイラン革命が起こされ、イラン=イスラーム共和国が成立、シーア派十二イマーム派は更に強固なイラン国家の国教としての立場を固めている。 → イランのシーア派
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ノートの参照
7章3節 ウ.サファヴィー朝の興隆
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M.S.ゴードン
『イスラム教』
1994 青土社