印刷 | 通常画面に戻る |

バーブ教徒の反乱

1848年、イランで起こったイスラーム教シーア派分派の反体制運動。カージャール朝に弾圧された。

1848年にイランカージャール朝で起こったバーブ教徒による反体制運動に対する弾圧。バーブ教徒はイランでサイイド=アリー=ムハンマドが1844年に始めたシーア派イスラムの分派。彼は自らを救世主(マフディーという)であり、また神と人々を仲介するバーブ(門の意味)であると称し、男女平等、階級差別の廃止、貧富の差の解消などを説き、民衆の支持を受けた。1848年から52年にかけて、カージャール朝はバーブ教徒を危険な反体制集団として弾圧、サイイド=アリー=ムハンマドを捕らえ処刑し、信徒も約4万人が虐殺された。こうしてバーブ教徒は弾圧されたが、その思想はその後も分裂しながらも民衆の中に残っていく。その一つ、弟子のバハーオッラーが始めた穏健なバハーイー教は、現在も世界中に広がっている。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第13章1節 エ.イラン・アフガニスタンの動向