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ライヤットワーリー制

19世紀、東インド会社による南インドでの農民から直接徴税する税制。

 東インド会社インド統治下の税制の一つ。ライヤットとは農民のことであり、彼ら直接耕作者に納税義務を負わせたのがライヤットワーリ制である。18世紀後半のベンガル地方におけるザミンダーリー制(地主を徴税請負人として永代の土地税をとる)に対して、19世紀初めから新たに東インド会社が併合したマドラス(現在のチェンナイ)、ボンベイ(現在のムンバイ)など中部インドから南インドにかけての広範な地域で実施された土地税法である。ザミンダーリー制が「地主請負永代定額税制」であるとすれば、ライヤットワーリー制は「個別農民課税制度」ということができる。東インド会社が管区内の農民から地税を直接徴収したが、その地代は一定期間ごとに見直されることになっていた。 → ザミンダーリー制

ライヤットワーリー制の拡大

 東インド会社は1806年のマドラス管区からこの税制を実施した。この税制では領主や徴税請負人(ザミンダーリー)をいっさい介在させず、個々の農民(ライヤット)から直接租税を徴収た。周辺には小領主が徴税権をもっていたところもあったが、それらはマイソール戦争、マラータ戦争などイギリスの征服が進むに従って順次消滅し、マドラス以外にもボンベイなどインド中央部の東インド領に拡大されていった。

ライヤットワーリー制の意義

 ライヤットワーリー制は個々の農民に土地所有権を与えたことになるのでインド史上画期的な変革であったという評価があるが、それは必ずしも正しくない。その説では植民地化する前のインド社会では農民は土地所有権を持っていなかったことを前提としているが、事実は植民地化以前においても農民は個々に占有した土地で農業経営を営み、租税を支払う限り土地から追い出されることなく、相続し売買することが可能であった。従ってこの制度はすでに存在した農民的土地占有権を法認したにすぎない。その一方で税額は過去の諸王国で徴収されていた額を下回らないこととされ、農民にとって依然として過酷なものであった。それだけでなく東インド会社は一律に厳しい取り立てを行い、場合によっては拷問も行ってる。そのため借金の返済のためや売却によって所有権を手放さざるを得なくなった農民が多くなった。このライヤットワーリー制も、ベンガルにおけるザミンダーリー制と同じように、本国イギリスをとませる財源とされ、その結果、インドの農民の分解と没落(賃金労働者化)を進めたというのが歴史的意義である。

北西インドの税制

 なお、ベンガル州のザミンダーリー制、マドラス・ボンベイ管区のライヤットワーリー制の他に、デリー周辺やシク王国から割譲されたパンジャーブ地方などインド北西部では、1822年から、村落を単位とした徴税法が取られた。ここでは村落の上位の農民が土地所有者団体を作り、徴税を請け負うという形を取った。下位の農民は特定の地主の小作人ではなく、村落に小作料を納め、土地所有者団体は東インド会社に対する納税で連帯責任を負わされた。<以上、小谷汪之『変貌のインド亜大陸』世界の歴史24 1978 講談社による>
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第13章2節 イ.植民地統治下のインドと大反乱
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小谷汪之他
『変貌のインド亜大陸』
世界の歴史24
1978 講談社