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イリ事件

1871年、ロシアが清朝の新疆の西部、イリに出兵し占領した事件。

イリ(伊犂)は現在の中国領新疆ウイグル自治区伊寧市。この地のイスラーム教徒が反乱を起こすと、ロシアが介入し出兵、事実上の占領下に置いた。ロシアは中央アジアの南方から勢力を伸ばしてきたイギリスがコーカンド=ハン国ヤクブ=ベク将軍と結んで新疆方面に侵出することに対抗しようとしていた。清朝はロシアに抗議し撤退を要求したがロシアは動かなかったため、1875年から左宗棠が指揮して作戦を展開し78年までに清領を回復した。両国は国境策定交渉に入ったが、清朝での批准に手間取り、ようやく1881年にイリ条約が成立、イリ地方は清朝領として確定した。この事件は、1870~80年代の清領の辺境における列強の侵出の一つである。他にチベットや雲南地方にはイギリスが迫り、清朝が宗主権を持っていたベトナムにはフランスが、朝鮮には日本がそれぞれ迫っていた。 
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第13章3節 東アジアの激動