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ウラジヴォストーク

ロシアが北京条約で獲得した沿海州に、1871年、設けた港。不凍港としてロシアの日本海進出の拠点となった。

 日本の地図ではウラオジオストックと書かれ、かつては浦塩などの漢字が当てられたが、正しくはウラジ=ヴォストークで、ロシア語で”東方を征服せよ”を意味する。1871年に新たに建設された港につけられた名前であり、文字通りこれによってロシアは念願の不凍港(冬でも凍結しない港)を確保し、東方進出が可能になった。
 ロシアが1860年の北京条約沿海州を獲得したことにより、日本海方面に進出する不凍港の建設が可能になり、1871年、軍港としてウラジヴォストーク港を開港した。また1891年~1905年にかけて建設されたシベリア鉄道の終点であった。ソ連時代には軍港として外国船の入港はできなかったが、1992年に開放され、現在ではロシアと日本との交易の拠点となっている。 → ロシアの東アジアへの侵出  
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ノートの参照
第13章3節 東アジアの激動