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同治の中興

19世紀中ごろ、漢人官僚が主導した清朝の近代化政策が推進されたこと。

同治とは清朝の年号で、同治帝の即位から退位までの1861~74年までの時期にあたる。アロー戦争の敗北、太平天国や捻軍の反乱の鎮定の後の、比較的安定が続いた時期であった。この間、同治帝の母親である西太后が実権を握り、登用された漢人官僚による洋務運動が展開され、近代化策がとられた。一定の国力の回復は見られたが、皇帝(実権は西太后)の専制政治、宮廷の奢侈、軍閥の形成などもあり、本質的な近代化には至らなかった。またこの時期は、日本では明治維新の時期に当たっており、日本では江戸幕府の崩壊と明治新政府の成立という政権交代た実現され、様々な不徹底や問題はあるにしても、近代化の途に着くことに成功したのに対して、同治の中興は清朝の枠内での上からの改革にとどまることとなった。
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ノートの参照
第13章3節 ウ.国内動乱と近代化の始動