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フェビアン協会

1884年設立のイギリスの漸進的な社会改革をめざす団体。後の労働党の母体となる。

1884年、少数のインテリ青年が設立した社会問題研究団体を母胎に、バーナード=ショウらがロンドンで設立。ウェッブ夫妻らが理論的指導者となり、知識人を中心とした社会主義団体に成長した。革命や暴力によってではなく、議会政治をつうじて社会改革を実行し、漸進的な社会主義の実現をめざした。イギリスの植民地拡大など、帝国主義政策に対しては多くは反対しなかった。1900年の労働代表委員会結成に参加し、さらに1906年の労働党に発展する。 → イギリスの社会主義運動

Episode フェビアン協会の名称の由来

 フェビアンの名称は、第2回ポエニ戦争の時、カルタゴのハンニバルを持久戦術で苦しめ「待機将軍」と言われた古代ローマの将軍ファビウスの名前に由来する。ファビウスはイタリア本土に侵入したハンニバル軍を消耗させるべく、衝突を避けて持久戦に持ち込んだ。積極的に戦わないファビウスを市民は臆病とみて非難したため元老院は彼を解任し、替わった将軍がハンニバルに戦いを挑んだがカンネーの戦いで敗れてしまい、フェビアンの見通しが正しかったことが判った。このように積極的に打って出るのではなく、ゆっくりと(漸進的に)働きかけて犠牲を避けながら社会の改良を目指す、というウェッブ夫妻の精神を象徴する名称として協会の名称として採用された。
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ノートの参照
第14章1節 イ.イギリス