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フィリピン民族同盟

1892年、リサールがフィリピンの社会改革をめざす運動を進めるための組織。

1892年、ホセ=リサールがマニラで結成した、スペイン植民地としてのフィリピンの社会改革を目ざす組織。「ラ=リガ=フィリピナ」(フィリピン同盟)が正式名称で、「リガ」が略称。フィリピン民族同盟は秘密結社であり、その目的は、
  1. フィリピン諸島をまとまりがあり、活力に満ちた均質的な社会とする。
  2. あらゆる欠乏や窮乏に対する相互援助。
  3. すべての暴力および不正に対する防衛。
  4. 教育、農業、商業の振興。
  5. 改革の研究と実践。
など、直接、独立や武力蜂起を呼びかけたものではなく、平和的であり、独自のフィリピン社会の建設という「穏やかな変革」をめざした組織であった。しかしこの同盟が作られた7月3日の直後、スペイン人の総督はホセ=リサールを逮捕し、ミンダナオに追放した。<鈴木静夫『物語フィリピン史』1997 中公新書 p.100>
 この組織は平和的な社会改革を目指す運動体であったが、ホセ=リサールが逮捕されたことによってフィリピン独立運動に転化した。この組織に加わっていたボニファシオは、明確な独立闘争を目指してカティプーナンを組織し、1896年に蜂起してフィリピン革命を開始した。しかし、ホセ=リサールが準備不足を恐れていたとおり、この革命はスペインによって抑えつけられ、ホセ=リサールも獄中で殺害され、カティプーナンも分裂して独立運動は苦難の道を歩むこととなる。