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カティプーナン

スペインからの独立をめざしてフィリピンで結成された秘密結社で1896年にフィリピン革命に立ち上がった。。

フィリピン独立運動の中心となった秘密結社で、1896年に武装蜂起し、フィリピン革命をめざしたが、スペイン軍の厳しい弾圧を内部分裂から戦いに敗れた。結成の中心人物のアンドレス=ボニファシオは、熱烈なホセ=リサールの信奉者で、そのフィリピン民族同盟に加わっていたが、ホセ=リサールが逮捕された1892年7月に、それとはべつにカティプーナンを組織した。

フィリピン革命を起こす

 これは正式には「人民の子らの最も尊敬すべき至高の協会」の意味で、フィリピン民族同盟と異なり、明確な独立闘争を掲げ、フリーメーソンに倣った血盟による入会儀式などをもっていた。1896年3月、青年エミリオ=アギナルドが参加した。同1896年にフィリピンからの独立を掲げて武装蜂起し、フィリピン革命を起こした。しかしスペイン軍の攻勢を受けて苦戦が続いた。

アギナルドの指導権

 さらに武力闘争を掲げるボニファシオと、穏健派のアギナルドが対立して内部抗争が始まり、アギナルドがボニファシオを殺害して指導権を得た。スペインの攻勢が強まるとアギナルドはスペインと取引して亡命、カティプーナンの蜂起は失敗した。

カティプーナン蜂起の意義

(引用)リサールが指摘したように、カティプーナンの蜂起は準備不足のまま行われ、圧政者を一挙に壊滅させる国民的盛り上がりに欠けていた。・・・(しかし)レガスピのセブ島上陸から331年という気の遠くなるようなスペイン支配の経験を経て勃発したところに、時期的な妥当性も民族的正統性もあった。<鈴木静夫『物語フィリピン史』1997 中公新書 p.102-115>
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ノートの参照
第14章3節 カ.東南アジアでの民族運動の形成と挫折
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鈴木静夫
『物語フィリピン史』
1997 中公新書