印刷 | 通常画面に戻る |

ポワンカレ

フランス第三共和政、第一次世界大戦の前後に首相を務め、対独強硬論を主張し、ルール占領を強行した。

レイモン=ポワンカレ Raymond Poincaré (186-1934)は、保守派の中心人物として対独強硬論を主張した。1913~20、大統領。その前後に首相となっている。1923~25年のルール占領がその対独強硬論の典型である。
 弁護士から政界に進出し、ブーランジェ事件やパナマ事件がおこったフランスの政治危機に、若手政治家として頭角を現した。立場は共和派の中道右寄りで保守派といったところであろう。社会主義勢力、労働組合とは常に敵対した。

ポワンカレ右派内閣

 第一次世界大戦前の1912~13年に第一次内閣を組閣、モロッコ事件、ロシアとの協調など、ドイツの勢力拡大に対抗してフランス帝国主義を推進した。1913年には大統領に当選し、第一次世界大戦という危機にフランスを導くことになった。1917年には首相にクレマンソーを任命し、戦争遂行を督励した。  第一次世界大戦の後、ヴェルサイユ体制の時期に、第2次内閣(1922~24)を組閣し、ドイツに対する賠償問題で強硬姿勢をとり、ルール占領を断行した。これは第一次世界大戦後に再び軍事衝突の危機を呼び起こしたが、ドーズ案によって一応賠償問題解決の見通しが着いたことから撤退した。その後も、第3次(1924)、第4次(1926-28)、第5次(1928-29)と戦間期のフランスでたびたび政権を担当した。

Episode いとこは天才数学者

 レイモン=ポワンカレの年上のいとこにアンリ=ポワンカレ(1854-1912)がいた。アンリは数学者として知られており、1904年に、「ポワンカレの予測」という難問を発表した。それは、たとえて言うと、地球からロケットでロープを打ち上げ、宇宙を一回りして帰ってきたロープを回収することができれば宇宙は球体をであることが判るということを証明せよ」というものだそうだ。その解を求めて20世紀に多くの数学者が取り組んだが、この問題は従来の数学の幾何学では扱うことのできない問題であったので、位相幾何学(トポロジー)という全く新しい数学分野の研究が始まった。この難問はフィルマーの定理の証明などとともに現代数学の難問としてたくさんの数学者を悩ませ、中には気が違ってしまった人がいるという。ところが約100年たった2006年、ロシアのペリルマンがインターネット上で解を発表し、世界中を驚かした。現在ではその解が正しいことも証明され、ペリルマンには数学界最高のフィールズ賞が贈られたが、彼は受賞を断り、いまでは世間から逃れて暮らしているという。<NHKスペシャル『百年の難問はなぜ解けたのか~天才数学者失踪の謎』2007.10.22放送>
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第15章2節 ウ.西欧諸国の停滞