印刷 | 通常画面に戻る |

アメリカの金本位制停止

世界恐慌期のアメリカのドル流出防止策として1933年3月に実施。世界の金本位制が崩壊した。

 1933年3月、就任まもないアメリカ合衆国のF=ローズヴェルト大統領が、世界恐慌対策として、銀行倒産などの金融不安解消のために打ち出した。ドルと金の交換を停止して、アメリカのドルの流出を防止しようとしたもの。これによってアメリカ合衆国は連邦準備制度による管理通貨制度を採ることとなり、世界的にも金本位制は崩壊することとなった。

要因としての金融危機

 1929年9月にはじまる世界恐慌で株式が大暴落したが、同時に銀行の倒産が起こったわけではなく、銀行倒産は約1年後の30年から次第に増え始め、33年にはピークに達して爆発的に増加した。恐慌が長期化し、さらに31年にイギリスが金本位制を停止(離脱)し、ポンドを切り下げたため、アメリカの金が流出することとなったことが要因としてあげられる。金融不安から預金者が一斉に預金引き出し(取り付け)に動き、銀行破産が急増した。

F=ローズヴェルトの金融不安解消策

 就任直後の3月9日(木曜)に緊急銀行法を特別議会にかけて成立させ、銀行休業日を無期限延長して取り付け騒ぎを抑えた。さらに10日(金曜)には緊縮財政法を通し、大統領・議員・政府職員などの給与の15%削減、軍人恩給の削減などを打ち出した。そして日曜日にはラジオの「炉辺談話」で銀行の営業再開を約束、国民に預金を訴えた。月曜には安心した国民が現金を預金につめかけ、「資本主義は8日で救われた」と言われた。<林敏彦『大恐慌のアメリカ』1988 岩波新書 p.125-128>

金本位制の停止とドル切下げ

 3月の銀行休日宣言の際に金銀貨・地金の輸出を先ず禁止し、4月5日には金貨等の退蔵が禁止され、4月19日に禁輸出禁止令によってドルと金の兌換が最終的に禁止された。ドルは他のすべての通貨とフロート(浮動、連動して発行される)ようになり、ドル切下げはこの時点ではじまったといえる。ドルが下落したことによってアメリカの輸出品、例えば綿花などの輸出が勢いを盛り返した。

管理通貨制度への移行

 1934年1月、金準備法が制定され、これによって連邦準備銀行から財務相に金貨と金地金がすべて引き渡され、財務相が唯一の合法的な金保有者となった。F=ローズヴェルトはドルの金価格を約40%切り下げて、当時の実勢に近い金1オンス=35ドルに固定し、管理通貨制度への移行を完了した。ドル切下げと金本位制離脱=管理通貨制の採用によって、国内物価引き上げを優先して(国際的な為替安定を犠牲にして)国民的要求に応えたと言うことが出来る。<秋元英一『世界大恐慌』1999 講談社学術文庫 p.182-183>
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第15章4節 ア.世界恐慌とその影響