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親衛隊/SS

1923年にナチス幹部の警護組織として発足、1934年以降、ヒトラー権力を支える警察の役割を担った、テロ組織。

 ナチ党ヒトラーなど幹部の身辺警護組織として1923年に創設され、ナチス=ドイツの権力を支える重要な機関として存続し、第二次世界大戦中には捕虜収容所、ユダヤ人強制収容所などの監督機関としてユダヤ人の大量殺害(ホロコースト)に責任を負った。
 1929年からはハインリッヒ=ヒムラー(1900~45)が親衛隊(SS)長官に就任し、1934年6月30日に突撃隊(SA)のエルンスト=レームらの指導部を粛清する実行部隊となり、ヒトラーの独裁政治を支える警察の役割を果たすことになった。ヒムラーはさらに国家秘密警察(ゲシュタポ)を支配下においた。親衛隊はもともと突撃隊の特殊部隊で、軍隊に似た小さな組織に過ぎなかったが、国防軍から武器を借り、必要な輸送機関を備えていた。ヒトラーは突撃隊指導部殺害という不愉快な任務に、国防軍ではなく親衛隊を投入した。 → 総統国家/フューラー国家

SAとSSの違い

 突撃隊(SA)はプロレタリア出身者が占め、ナチスの軍事組織として第二革命を実行し、国防軍に取って代わろうとしていた。親衛隊(SS)はまったく異なり、はじめからナチスの諸組織の中で、一種の貴族階級、人種的にも特別に選び抜かれた部隊と考えられていた。その基準は、1800年までにさかのぼる血統証明が必要だった。また、突撃隊が国防軍に取って代わろうとしたのに対し、親衛隊は、帝国の警察になろうとし、ヒトラーもそれを許して、そして成功した。ヒトラー以前は州の管轄下にあった警察は、中央集権化され、帝国公安中央庁となったが、親衛隊はそこに完全に浸透し、親衛隊幹部が警察を支配し、警察官は親衛隊の階級を受け取った。こうして親衛隊は警察と統一体に融合し、国家の中で歴然たる権力を持つようになった。
 親衛隊はテロ機能を警察機能から独立させ、髑髏部隊に委ねた。それは強制収容所の監督、管理を、はるかに冷酷で計画的に行い、恐るべき懲戒処分、些細な規律違反でも型どおりに行われる殴打の罰から、しばしば勝手に懲戒処分として科せられた死刑まで行った。<ハフナー/山田義顕訳『ドイツ帝国の興亡』1989 平凡社刊 p.232>