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ガーナ共和国

1957年、イギリス領ゴールドコーストがエンクルマの指導で独立を達成し、ガーナ共和国となった。1966年、エンクルマが追放され政情不安が続いた。

 1957年3月6日、イギリス連邦の最初の黒人国家ガーナ共和国として独立し、1960年のアフリカ諸国の独立の先鞭を付けた。初代首相エンクルマは1962年から終身大統領を務めた。

イギリス領ゴールドコースト

 ガーナは植民地時代はゴールドコースト(黄金海岸)と言われ、アフリカ縦断政策をとるイギリスが進出し、1874年に植民地化した。第二次大戦後の民族自決の流れの中でイギリスは1946年に一定の自治を認めたが、48年にはより完全な独立を求める暴動が起こった。独立運動を指導したエンクルマは非暴力不服従を掲げイギリスと粘り強く交渉し、57年に独立を勝ちとった。ガーナの独立は他のアフリカ植民地に独立の希望を与え、またその手本となった。

古代ガーナ王国とは位置が異なることに注意

 なお、古代のガーナ王国は、現在のガーナとは関係が無く、位置もニジェール川の上流域(現在のマリとモーリタニアの国境地帯)にあった。エンクルマが独立を達成したとき、古代ガーナ王国の繁栄にあやかり、新国家にガーナという名を付けたもの。

独立後のガーナ

 ガーナは独立を達成したが、植民地時代からのカカオのみに依存するモノカルチャー経済が続いたため、次第に悪化し、マイナス成長が続いた。そのため政情も不安定で、1966年には軍事クーデターが発生し建国の功労者エンクルマが追われ、その後も軍事独裁政権と文民政治がめまぐるしく交替し、不安定な状況が続いている。
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ノートの参照
第16章3節 ア.アフリカ諸国の独立