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プラザ合意

1985年、アメリカのドル高を是正するため、先進5カ国蔵相らがドル安共同歩調をとった。

 1985年、ニューヨークのプラザホテルでの先進5ヵ国(アメリカ・フランス・イギリス・西ドイツ・日本)の蔵相・中央銀行総裁会議において、レーガン政権下のアメリカ経済の苦境を救済するため、ドル高を是正することに合意したこと。この合意に基づき、各国金融当局は協調介入に乗りだした結果、1ドル=240円台であったものが、1ドル=200円に一気にドル安・円高状況となり、アメリカの輸出の増大をもたらした。
 この合意は、ドル高が続いてアメリカ経済が悪化することは世界経済全体に悪影響を及ぼすという大国間の利害の一致から、ドル相場を協力して下げ、アメリカ製品の輸出を増やしてその経済を救ってやろうと言うことであった。こうして「ドル安」時代が始まり、同時にプラザ合意は、主要国が政策協調を行い、各国が為替相場に介入して調整するという経済調整の始まりとなった。 → 変動相場制
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第17章1節 イ.先進経済地域の統合化