印刷 | 通常画面に戻る |

ブッシュ(G.H.W)/ブッシュ父

アメリカ合衆国第41代大統領(任期1989~93年)。共和党レーガン政権を継承。東欧革命・冷戦終結・ソ連消滅に対応。冷戦後のアメリカ外交の強硬姿勢を主導し、湾岸戦争に踏み切った。

ブッシュ(父)大統領
ブッシュ(父)大統領
 アメリカ合衆国の大統領で、在任1989~93年。共和党レーガンの副大統領から88年の大統領選に出馬して当選した。レーガン政権の新保守主義、新自由主義といった経済理念を継承し、「小さな政府」を掲げ財政赤字解消に努めたが、それには失敗した。議会では民主党が多数を占め、ブッシュ政権の内政は見るべきものはなかった。
 外交面では、1989年の東欧革命で東ヨーロッパの社会主義国が相次いでソ連圏から離脱、それを受けて年末にゴルバチョフとの間でマルタ会談を行い、冷戦の終結を宣言した。さらに90年の東西ドイツの統一、91年のソ連の解体という激動が続き、東西冷戦時代は急激に消滅した。

冷戦終結後のアメリカ

 冷戦の終結によって共産主義陣営との戦争の危機は去ったが、ブッシュのアメリカは新たな戦いを開始した。1989年末にはパナマのノリエガ将軍を麻薬取引などの不正を行っているとして軍隊を派遣して逮捕するというパナマ侵攻を実行し、世界を驚かせた。それは「民主主義」とアメリカの安全を脅かす独裁者に対しては、武力行使を辞さないという、「世界の警察」としてのアメリカの強硬な姿勢を示したものであった。 → アメリカの外交政策

湾岸戦争

 冷戦終結後のアメリカには世界の秩序を維持する責任と能力があるというブッシュ及び大統領ブレーンの認識に正面から挑戦したのが、イラクの独裁者サダム=フセインであった。1990年8月、サダム=フセインが隣国クェートに侵攻すると、アメリカは国連に働きかけて軍事制裁を加えることを決意し、湾岸戦争に踏み切った。アメリカを主体とした多国籍軍はペルシア湾岸から上陸してクウェートを解放し、バグダードに迫ってサダム=フセインを降伏させた。しかし、サダム=フセイン政権を倒すには至らず、講和した。

戦争のツケ

 湾岸戦争に対して、アメリカ国民の多くは支持したが、経済の悪化が続くと長期にわたった共和党政権に対する反発が強くなって、92年の大統領選挙では民主党のクリントンに敗れた。

Episode 親子で大統領

 ブッシュ大統領の長男、G.W.ブッシュは2001年に第43代大統領となった。アメリカでは政治家一家は珍しくなく、民主党ではケネディ一家が有名。そしてブッシュ一家も政治家一族として知られている。次男の次男のジェブ=ブッシュはフロリダ州知事を務め、一時はオバマ後の大統領選を目指したが、トランプ候補に指名競争で敗れた。ジェブ=ブッシュの長男G.P.ブッシュはテキサス州の国土長官を務めた。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第17章1節 イ.先進経済地域の統合化