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銅鼓

前5世紀頃、古代ベトナムのドンソン文化を代表する青銅製の遺物。北ベトナムを中心に東南アジア各地に見られる。

ドンソン文化の銅鼓
ドンソン文化の銅鼓
 ベトナムの北部を中心にした紀元前5世紀頃のドンソン文化に特徴的な青銅器。中国昆明地方から始まり北部ベトナムに広がり、さらに東南アジア全域に広がった。大きなものは直径1m、高さ80cmほどの鼓型の青銅器である。表面に太陽をかたどったと思われる模様が描かれ、側面には船を漕ぐ人々や、さまざまな動物が図案化されている。

銅鼓の意味

 銅鼓の分布は中国南部からベトナム北部、さらにメコン川流域、マレー半島、ジャワ島にも広がっている。それが出土するのは河川や港湾、道路などの交通の要衝にある有力者の墓からが多く、首長の権威を示すものであったことが考えられる。この銅鼓の二つの特徴は、この時期がすでに広範囲な交易権が成立していたことと首長制社会(初期国家の前段階)であったことを示している。<古田元夫『東南アジア史10講』2021 岩波新書 p.7>

銅鼓の役割

 「銅鼓自体を綿密に観察することによって、銅鼓の機能もおのずからはっきりしてくる。まず第一にそれはあの世とこの世、それに両者をつなぐ舟という世界の構造を具体的に示した、世界軸、あるいは宇宙軸であって、当然のこととして稲作の導入によって生まれた首長の権威を高めるものであったに違いない。その金色燦然たる輝きと、それを叩いた時に発する深い音はそれ自体が「畏れ多い」雰囲気をかもしだしたはずである。第二にそうした機能の延長として、葬儀などの儀礼の際に祭具として使用されたと思われる。そういう意味で、わが国の銅鐸と似たような役割を果たしたものと思われる。」<生田滋『世界の歴史13』東南アジアの伝統と発展(中央公論新社)1998 p.60>