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張陵

後漢末の142年、新興宗教教団、五斗米道を創始した人物。教団は子の張衡、孫の張魯に継承されたが、215年に魏の曹操に降伏した。

 後漢の2世紀中頃、五斗米道という宗教教団を創始した人物。江蘇省出身で、142年、四川省成都の郊外、鵠鳴山の上で、神になった老子(老君という)のお告げを受け、自らを天師と呼び、病気や貧困に苦しむ民衆を救済するとして教団を創建した。
 その勢力は急速に拡大し、張角がはじめた太平道の挙兵に呼応して反乱を起こし、四川地方に強固な教団王国をつくった。張陵はその途中に死去したが、教団は子の張衡、孫の張魯が引き継いで活動を続けた(この三人を三張という)。張魯は215年に魏の曹操に降伏した。ただし、張魯の娘が曹操の子の曹宇に嫁いだことから、魏での布教が認められ、教団としての五斗米道は天師道として継承された。
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