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ニーベルンゲンの歌

1200年頃に創られた、中世ドイツ語で書かれた伝説的な叙事詩であり、当時のヨーロッパで発達した騎士を主人公とした騎士道物語の代表的なもの。ドイツ人の民族叙事詩的な物語として継承され、19世紀にはヴァーグナーが楽劇「ニーベルンゲンの指環」4部作を作曲した。

 北欧の神話やゲルマン人の説話を核として、ライン川中流にあって、437年にフン人の攻撃によって滅亡したブルグンド王国の実際の歴史を題材とした物語が出来上がった。話は錯綜しているが、大筋では主人公ジークフリートと妻クリームヒルト、戦う乙女ブリュンヒルデなどが織りなす愛と憎悪の物語である。
 ジークフリートはネーデルラントの王子でニーベルンゲンの宝を手にした勇者であった。ブルグンドの王女クリームヒルトと結婚するが、ジークフリートがだまし討ちにあってしまう。クリームヒルトはもとは美しい乙女であったが、復讐をちかいフン人の王エッツェルと結婚し、最期には復讐をとげる。全体で39章から成り立っているが、前半はジークフリートの死、後半はクリームヒルトの復讐が話の中心となっている。

『ニーベルンゲンの歌』の特質

 物語にはゲルマン人の家族愛、部族愛が色濃く表れており、後のキリスト教的な普遍的な愛は語られていなし、成人の物語でもない。まだキリスト教の信仰がゲルマン人の中に浸透する前の段階で形成された物語であることが判る。5世紀頃のゲルマン人のなかで生まれたさまざまな説話は、8世紀頃にヨーロッパのキリスト教化が完成すると脇に追いやられ、民間伝承として密やかに続くだけであった。しかし、11世紀末の十字軍運動以来、キリスト教以前の民俗的な文化にも光が当てられるようになり、ドイツではミンネジンガーといわれる人々によって宮廷の娯楽として語られるようになった。この物語も当時のヨーロッパで発達した騎士を主人公とした騎士道物語の1つであり、フランスのローランの歌とならぶその代表的な事例である。これらの西ヨーロッパの文化史上の変化は12世紀ルネサンスと言われる動きだった。
 また、キリスト教文化の影響を受けていないこの物語が、12世紀に筆録されたとき、ラテン語ではなく、民衆の使っている中世ドイツ語で用いられたことも重要な意義の一つである。このようにドイツ人によって伝えられ、ドイツ語で書かれた、たドイツ人の民族説話としてその後も継承され、19世紀のドイツの作曲家ヴァーグナーは楽劇「ニーベルンゲンの指環」4部作を作曲してた。この四部作が完成し、はじめて全体が初演されたのは、1876年のバイロイト祝祭劇場においてであったが、それは1871年のドイツ帝国の発足を喜ぶ国家的な祝祭でもあった。