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ヴァーグナー

19世紀ドイツの作曲家。ドイツ=ロマン派を代表する音楽家として、音楽と演劇を組み合わせた総合舞台芸術として「楽劇」を完成させた。器楽、交響楽はほとんどなく、多数の楽劇があるが、代表作はドイツの民間伝承にもつづいた『ニーベルンゲンの指輪』四部作(1876年完成)。ドイツの民族主義を鼓吹するその音楽は、後にヒトラーのナチズムに利用された。

ヴァーグナーの楽劇

 ヴァーグナー(1813-83)は生涯、オペラの創作に専念し、多くの作品を生み出した。初期の作品『さまよえるオランダ人』(1841-42)は北欧の幽霊船伝説をもとにし、『タンホイザー』(1842-48)はドイツ中世のミンネジンガーの物語をもとにしているが、ヴェーバーなどのロマン主義の伝統を受け継いでいた。そして『ローエングリン』(1846-48)は中世のアーサー王伝説に登場する白鳥の騎士の愛と戦いの物語を、それまでにない大規模なオーケストラの威力を活用して表現し、交響楽的なオペラとしての「楽劇」を作り上げた。その後にヴァーグナーは『ニーベルンゲンの歌』に強くひかれ、詩劇を書き、それをもとにした本格的な楽劇、四篇からなる巨大な楽劇『ニーベルングの指輪』の創作にかかった。四篇のうちの最初の二篇『ラインの黄金』と『ヴァルキューレ』と再三篇『ジークフリート』の一部は1857年までに書かれたが、第4編の『神々の黄昏』ができて連作全体が完成したのは1874年だった。全体の初演は1876年にバイロイト祝祭劇場で行われたが、上演には四晩もかかる大作となった。この劇場はヴァーグナーに浸水していたバイエルン王ルートヴィヒ2世が作曲者の指示に従って建てたもので、現在もヴァーグナー愛好家の聖地になっている。
 ヴァーグナーは『ニーベルングの指輪』の作曲を中断している間に、『トリスタンとイゾルデ』(1857-59)で中世ドイツ語で書かれた悲劇的な愛の物語をとりあげ、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(1862-67)ではルネサンス時代に実在したマイスタージンガー(親方歌手)の物語をとりあげた。後者はユーモアを交えた人間劇でヴァーグナーには珍しい全音階的な響きに支配されているが、前者にはヴァーグナーに特徴的な半音階的な処方が用いられている。半音階的な和声を多用した、切れ目のない音楽(ヴァーグナー自身が無限旋律といった)を特徴とする音楽構造は、バロック音楽以来の音楽構造の基本である調性の原理をゆるがすものだった。
(引用)永遠に果てることのなくたゆたい続けるかのようなこの「無限旋律」は、大オーケストラのダイナミックな響きの奔流となって、観客を包み込み、圧倒し、そしていやおうなしに劇の中に巻き込んでしまいます。ちょうどヨハン・セバスティアン・バッハのオルガン曲の壮大な音響の渦が聴き手を宗教的な恍惚に誘うように、ヴァーグナーの円熟期の楽劇は、観衆を神話的な世界に引きこむ神秘的な宗教の儀式であるかのようです。ヴァーグナー自身もきっと、そう意識してのでしょう。<近藤譲『ものがたり西洋音楽史』2019 岩波ジュニア新書 p.200-204>
 ヴァーグナーは最後の作品となった『パルジファル』(1877-82)でも中世の聖杯伝説を題材にした作を、自ら「舞台神聖祝典劇」と呼んでいる。

ヴァーグナーの音楽

 ヴァーグナーの時代はドイツ人が神聖ローマ帝国末期の封建体制に対する1848年の二月革命の戦いの後、プロイセンが国家統一の主導権を握り、ビスマルクのもとで普仏戦争の勝利によって1871年のドイツ帝国(第二帝国)の時代を迎えるという、ナショナリズムの高揚した時期であった。その過程でヴァーグナーが「ニーベルンゲンの歌」を題材とした楽劇に取り組んだことは、ドイツ人の民族意識を強く自覚したためであった。
 そのようなドイツ人の民族意識を元にして民族英雄の物語を文字としてではなく、視覚と聴覚に訴える楽劇という形で具体化したヴァーグナーの音楽は、第一次世界大戦の敗北から立ち上がることを訴えたヒトラーのナチズムとまさに整合性があったため、第三帝国においてはまさにヴァーグナーの音楽は国家の祝祭音楽として利用されることになり、盛んに利用された。ナチ党の大会では必ず『ニュルンベルクのマイスタージンガー』序曲が演奏された。