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抗租運動

明清時代に農村の佃戸が小作料の軽減を要求して起こした運動。

 の後半からから清代にかけて、農村の佃戸(小作農)が地主に対して小作料(佃租)の軽減などを求めて立ち上がり、しばしば官憲と衝突した。その運動を抗租運動(または単に抗租)といい、15世紀中頃の鄧茂七の乱に始まり、16世紀を通じ、17世紀の明末清初まで、次第に大規模で組織的になっていった。特に明末の江南地方では、農村に貨幣経済が浸透し、商品作物の栽培が増加、小作料も銀納されるようになると、地主は不在地主化して都市に住み高利貸し・商人と結んで小作農に対する収奪が厳しくなったので、抗租運動も激しくなった。抗租運動は多くは政府の軍隊によって押さえつけられたが、奴隷身分の解放闘争である「奴変」、都市下層民の反権力闘争である「民変」と並んで、民衆の成長をしめす動きであった。
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