ノーフォーク農法
イギリスの中世以来の三圃制農法に代わり、18世紀に普及した四輪作法による農業。生産効率を上げ、第二次エンクロージャーと併せて、農業近代化をもたらした。
ノーフォークはイギリスのイングランド東部の州。内容は耕地を四分し、同一耕地でかぶ→大麦→クローバー→小麦を4年周期で輪作するもので、三圃制農業(春耕地→秋耕地→休耕地)の輪作法にくらべ、休耕地をおかないでその代わりにかぶとクローバーを栽培し、それは家畜(牛)の餌とされ、冬越しで家畜を飼うヨーロッパ的な混合農業(穀物生産と家畜飼育を組み合わせた農業)が可能になった。
この農法の普及と並行して第2次囲い込みが進行して農業革命と言われる変化が生じ、イギリス農村はかつてのヨーマン(独立自営農民)主体の三圃制というスタイルは姿を消し、土地を集積した地主による資本主義的な農場経営(農業労働者を賃金で雇って生産する)を行う近代農法が一般化した。
第二次エンクロージャーとの関係 ノーフォーク農法のような新農法が採用されると、従来のような境界の明確で無い、相互に入り組んだ「開放耕地」では不便であったので、囲い込み(エンクロージャー)が再び盛んになった。16世紀の囲い込みには反対の声が起こり、議会でも禁止されたが、この18世紀の第2次囲い込みは、議会の法を通じて行われたことと、新農法が採用されたことで労働力の需要が増えたこともあって、批判は起こらなかった。議会で承認された囲い込みの件数は1700~60年には年平均3~4件、面積にして5000エーカー程度であったが、1760~1800年にかけては年平均44件、8万エーカーに達した。村岡・川北『同上書』 p.57
ノーフォーク農法の四年輪作法 念のため四つの耕地での四輪作法を図式化すれば、次のようになる。
したがって作物の栽培順序は、かぶ・大麦・クローバー・小麦のいずれを最初にして説明しても良い。」
POINT ノーフォーク農法のポイント
この農法の普及と並行して第2次囲い込みが進行して農業革命と言われる変化が生じ、イギリス農村はかつてのヨーマン(独立自営農民)主体の三圃制というスタイルは姿を消し、土地を集積した地主による資本主義的な農場経営(農業労働者を賃金で雇って生産する)を行う近代農法が一般化した。
三圃制からノーフォーク方法へ
かぶはフランドル地方からノーフォーク地方に持ち込まれたもので、クローバーとともに家畜の飼料とされる。これによって冬期でも家畜(豚)を飼うことができるようになり、食肉の生産が増えた。三圃制の時代は家畜が冬を越す飼料が確保できなかったため、秋には屠殺してハムなどに加工するしかなかった。近世初頭まで胡椒が異常に珍重されたのはこの肉類保存ためであった。また家畜の生産量が増えたことで地味も肥え穀物の生産量も驚異的に増加した。村岡健次・川北稔編著『イギリス近代史改訂版』2003 ミネルヴァ書房 p.56第二次エンクロージャーとの関係 ノーフォーク農法のような新農法が採用されると、従来のような境界の明確で無い、相互に入り組んだ「開放耕地」では不便であったので、囲い込み(エンクロージャー)が再び盛んになった。16世紀の囲い込みには反対の声が起こり、議会でも禁止されたが、この18世紀の第2次囲い込みは、議会の法を通じて行われたことと、新農法が採用されたことで労働力の需要が増えたこともあって、批判は起こらなかった。議会で承認された囲い込みの件数は1700~60年には年平均3~4件、面積にして5000エーカー程度であったが、1760~1800年にかけては年平均44件、8万エーカーに達した。村岡・川北『同上書』 p.57
ノーフォーク農法の四年輪作法 念のため四つの耕地での四輪作法を図式化すれば、次のようになる。
耕地区分 | 1年目 | 2年目 | 3年目 | 4年目 |
A | かぶ | 大麦 | クローバー | 小麦 |
B | 小麦 | かぶ | 大麦 | クローバー |
C | クローバー | 小麦 | かぶ | 大麦 |
D | 大麦 | クローバー | 小麦 | かぶ |
POINT ノーフォーク農法のポイント
- 耕地を四分割し、耕地ごとにかぶ→大麦→クローバー→小麦をずらして、4年周期で輪作する。
- 三圃制の休閑地を無くし、かぶ・クローバーを栽培し、家畜の飼料とした。
- 耕地の集約化が進み、第2次エンクロージャー(囲い込み)が進行した。
- イングランド東部でに始まり18世紀に広がって、穀物・畜産の増産をもたらした。
- 農業革命(近代農業)をもたらし、産業革命期の人口増加を支えた。