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アメリカ最高裁判所

アメリカ合衆国憲法で合衆国の司法権をもつ最高機関。判事は大統領が指名し、上院の承認によって就任する終身官。合憲・違憲を判定するので政治的にも重要な存在となっている。

 アメリカ合衆国憲法では、アメリカ合衆国の最高裁判所は6名の裁判官で構成される(その後増加し、現在は9名)。最高裁判所裁判官はアメリカ大統領が指名し上院が承認して就任する終身官であり、憲法の判断権を行使する重要な存在である。

判事の就任、党派色強まる

 アメリカの連邦最高裁判所は、事案が憲法に違反するか合憲であるかを判定する最終裁判所であるので、保守か革新か、きわめて高度な判断が要請される。その現在の判事の定員は9名であるので過半数は5,それを保守、革新のいずれが占めるかが大きな岐路になるので、現在の共和党=保守派、民主党=革新(リベラル)派と色分けされるアメリカ合衆国の政治的勢力は常に判事任命にこだわることになる。ところが憲法上、最高裁判事は終身官で任期も定年もないので、前任者が死去しなければ新判事が任命されず、また政権の意向で就任した判事が、政権党が変われば都合の悪い存在ともなる。
 建国以来、最高裁は黒人人種差別などで重要な判決を行ってきたが、20世紀後半の第二次世界大戦後は人種問題に加えて、男女平等の問題、中絶や同性婚など性に関わる問題、医療保険に関わる問題、銃規制の問題などが大きなテーマとなっており、票決も競ってきている。20世紀後半以降、アメリカ連邦最高裁判所が下した主な重要判決の票決を示すと次のようになっている。数字は賛成―反対の判事の数。
1954年 公立学校での人種差別禁止 9-0
1967年 異人種間の婚姻を禁じる法律は違憲 9-0
1973年 女性の妊娠中絶を認める「ロー対ウェイド」判決 7-2
2000年 大統領選挙でのフロリダ州での再集計を停止 5-4
2008年 個人が自宅で銃を持つ権利は合憲 5-4
2012年 医療保険の加入義務 5-4
2015年 婚姻の平等と同性婚 5-4

1973年「ロー対ウェイド」判決

 1970年代は連邦最高裁で人種差別を否定する判決が続いたことにみられるようにいわゆるリベラルな判事が多数をしめていた。その中でも最も注目され、議論をまきおこしたのが1973年の妊娠中絶に関するロー対ウェイド事件の判決だった。テキサス州では妊娠中絶を犯罪として取り締まっていたが、妊娠した未婚の女性(仮名でローと呼ばれた)が、中絶できないのは自分の憲法上の権利を侵害するものだと主張して法律適用の差止めを連邦裁判所に求めたのだ。最高裁は、テキサス州法は女性のプライバシーに関する憲法上の権利を侵害するものだとして、7対2で違憲と判断した。
 判決は、女性には妊娠中絶を行う憲法上の基本的権利があることを認めたうえで、同時に胎児の権利を保護する必要があるとして、妊娠期間を三期に分け、第一期は中絶に一切の規制を加えないが、第二期には母体の健康を保持する限りにおいて許されるとし、第3期には中絶の禁止を含む規制を加えることは合憲である、とした。
 この判決には、反対意見を表明した二人の判事を始め、強い反対意見が出された。憲法には女性の妊娠中絶の権利を認める具体的な条項は無いこと、胎児の権利、父親の権利はどうなるのか、妊娠期間で細かく権利を分ける権限が裁判所にあるのか、などが反対理由とされた。保守派や宗教家の反対運動は激しさを増し、各州では妊娠中絶を規制する法律を制定し、訴訟でその合憲性を争う動きが続いた。共和党は、ロー対ウェイド判決をくつがえすことを政治目標と掲げた。そのためには大統領選挙に勝ち、大統領の任命権を行使し(前任者の死や引退を待って)、党と同じ考えを持つ新しい判事を送り込まなければならない。「最高裁判事の任命をめぐる1980年代の激しい政治闘争は、こうして始まる。」<阿川尚之『憲法で読むアメリカ史』2013 ちくま学芸文庫 p.456-458>

2020年大統領選挙

 2020年9月18日にルース・ベイダー・ギンスバーグ判事が死去、後任判事の指名に注目が集まり、トランプ大統領は保守派のエイミー・コニー・バレットを指名した。これによって現在の判事の構成は圧倒的に保守派が優位となる。11月の大統領選挙を前にトランプが保守派の票固めとして行った人事である。トランプは2016年大統領選挙の際に保守派の最高裁判事任命を公約していたのでそれを実行たことになる。ねらいは2020年11月の大統領選挙で敗れ場合、対立候補バイデン陣営の不正選挙を訴えて最高裁まで持ち込み、逆転させてる判決を得ようということであろう。実際の大統領選挙ではトランプは敗北、各州での不正選挙の訴訟も州裁判所でいずれも訴えに合理的な証拠がないとして退けられたため、最高裁に持ち込まれることはなかった。
 このような最高裁判事が政党の政争に左右されるのは、終身制と大統領の指名と上院の承認という現行の合衆国憲法の規定にあるので、その見直し、任期と定年を定めて2年ごとに半数を入れ替えるなどの修正をはかるべきであるという意見もあるがまだ具体的な改正の動きはない。日本の最高裁の判事は内閣総理大臣が指名して天皇が任命、国会の承認は無いが、任期と定年が有、国民による国民審査を受ける。しかし国民審査は形骸化しており、最高裁が政府寄りの憲法判断をする傾向があることが懸念されている。

NewS 最高裁、人工中絶禁止に合憲判決

 アメリカの連邦最高裁判所は、2022年6月24日、女性の人工妊娠中絶禁止を合憲という判決を下し、妊娠15週以降の人工中絶を禁止しているミシシッピー州法を違憲だと訴えていた原告(同州の産婦人科クリニックなど)の訴えを退けた。これは、最高裁が女性の妊娠中絶を認めた1973年の「ロー対ウェイド」判決を、自ら覆したこととなり、全米で大きな反響を呼んでいる。
 特に、人工中絶を女性の自己判断に任せるべきであるという「女性の選択権」派(プロチョイス派)は強く反発し、ただちに全国的な抗議運動を展開している。それにたいして、主としてキリスト教信仰を根拠とした中絶反対派(プロライフ派)は最高裁判決を支持し、「ロー対ウェイド」判決が覆ったことを歓迎している。 → BBCニュース 2022/6/25
 最高裁の判決が約半世紀で覆された背景には、1970年代以降に明確になった、大まかに言えば民主党=リベラル、共和党=保守というアメリカ二大政党の思想的対立が、最高裁判事の人事に及び、トランプ大統領によって任命された保守派の判事が多数を占めるようになったことがあげられる。最高裁判決は、アメリカの政治・社会の方向に強い影響を与えるようになっているが、最高裁判事の任命権が大統領にあり、その任期は終身であるという現行の制度上の枠組みのため、政治権力に沿った姿勢になる。
 今回の判決を下した連邦最高裁判所判事は9名から構成されるが、そのうち6名が保守派とされている。しかも6名のうち3名はトランプ大統領によって任命された。そのひとり、エイミー・コニー・バレット氏(女性)は熱心なカトリック信者でかねてから中絶反対の主張を繰り返していた保守派として知られている。上記のように、リベラル派として知られていたルース・ベイダー・ギンスバーグ判事が死去したことで、残り任期わずかなトランプ大統領が大統領選挙直前の2020年11月、駈け込み任命したのだった。 → くわしくは週刊エコノミストOnline 2021/7/9 / 週刊エコノミストOnline 2020/11/20