国民党の改組
孫文の提唱した第1次国共合作を機に、国民党を公党化し、同時に共産党員の入党を認めた。
1924年の第1次国共合作の成立によって行われた、中国国民党の組織原則の変更のこと。中国国民党は1919年に孫文が中華革命党から改組したものであったが、依然として秘密結社的な革命家の集団という性格が強く、また孫文に対する忠誠心によって結びついている面が強かった。
しかし1921年以来、ソヴィエト政権と接触した孫文は、1924年にその支援を受けると共に国共合作(第1次)に踏み切った。孫文はソ連共産党に学んで中国国民党を個人的な結社から、組織的な公党としての政党へ脱皮させようとした。具体的には民主的、大衆的な討論を保障し、党幹部は選挙で選出し、委員会制を導入するなどの改革を行った。また開かれた政党として、中国共産党党員のまま国民党の党籍を持つことを認めた。 → 新三民主義
しかし1921年以来、ソヴィエト政権と接触した孫文は、1924年にその支援を受けると共に国共合作(第1次)に踏み切った。孫文はソ連共産党に学んで中国国民党を個人的な結社から、組織的な公党としての政党へ脱皮させようとした。具体的には民主的、大衆的な討論を保障し、党幹部は選挙で選出し、委員会制を導入するなどの改革を行った。また開かれた政党として、中国共産党党員のまま国民党の党籍を持つことを認めた。 → 新三民主義