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第15章 二つの世界大戦

3 アジア・アフリカ民族主義の進展

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ア.第一次世界大戦と東アジア 用語リストへ
 中国民族資本 の成長 
・第一次大戦中に欧米列強が後退 → 東アジアの好景気 → 日本の工業生産が農業生産を上回る。
新青年
 『新青年』 
・中国ではa 紡績工業 を中心に民族資本が成長。
  → 労働者・学生の増加 → b 儒教 や家父長制的家族制度への批判強まる。
・大戦での帝政国家の敗北、c 民族自決 原則による独立国家の出現、
 d ロシア革命 の成功 → 知識人・労働者の社会運動・民族運動が活発化。
 文学革命  文学・思想の面での知識人による啓蒙運動始まる。
・1915年 a 陳独秀 ら、b 『新青年』 を刊行。
       =「c デモクラシーとサイエンス 」をかかげ、儒教道徳を批判。
・1917年 d 胡適 がe 白話文学 を提唱。
       = 日常的な口語文で文章を書くことを主張。
       f 魯迅 、『狂人日記』『阿Q正伝』などを発表。

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・マルクス主義の研究:北京大学のg 李大釗 らが中心、a 陳独秀 も参加。
C 日本の 大正デモクラシー  1912年 大正改元 →1926年 昭和改元
・労働運動・農民運動・社会主義運動が盛んになる。
 1918年8月 富山の主婦からa 米騒動 が始まり、全国に拡大。
  → 日本で最初の本格的なb 政党内閣 (原敬内閣)が成立。
  → 中産階級の成長 → 普通選挙運動の盛り上がり。
・1923年 c▲ 関東大震災  日本経済打撃受ける。朝鮮人虐殺事件などが起きる。
 1925年 d 男子普通選挙法 の公布。
  同  年 e 治安維持法 の成立。 → 社会主義などを抑えることをめざす。
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イ.日本の動きと民族運動 用語リストへ
 第一次世界大戦参戦  欧米列強、東アジアから後退 → その間に日本が進出。
・1914年8月 a 日英同盟 を口実に参戦。 
  → ドイツ租借地の膠州湾入り口のb 青島 を占領。さらにドイツ領南洋諸島を占領。
 二十一カ条の要求   1915年1月 大隈内閣(外相加藤高明)が中国に要求。
・内容 次の5項目と細部の合計21カ条。
・a 山東省 のドイツ権益の継承と拡大を承認すること。
・南満州、内蒙古などの権益を認めること。(旅順・大連の租借権99カ年延長など)
・漢冶萍公司を両国合弁事業にすること。
・中国沿岸のすべての港湾と島嶼を他国に譲渡または貸与しないこと。
・政治・財政・軍事の各顧問、警察官などに日本人を就任させることなど。
  → 中国のb 袁世凱 政府は拒否、日本は最後通牒を突きつける。
  → 5月9日、中国政府、ほとんどの要求を受諾。国民は国恥記念日と称する。
  → 袁世凱の死(1916年)後は、軍閥の 段祺瑞 政権を支援。→中国を参戦(17年8月)させる。
・1917年 ▲c 石井・ランシング協定 :中国に関する日米の協定が成立。
  アメリカは日本の特殊権益を承認、日本はアメリカの門戸開放要求を承認。
 シベリア出兵  1918年 a ロシア革命 に干渉。 → 日本の米価高騰。
・1918年 b 米騒動 おこる。(前出)
・1920年▲c 尼港事件 起きる。抗日パルチザンによる日本軍、居留民襲撃事件。
  → 列強の撤兵後も日本は軍を留める。国際的批判を浴び、1922年に撤兵。
 三・一独立運動  1919年3月1日
・ 日本のa 朝鮮植民地支配 下で、独立を要求して民衆が蜂起する。
 ソウル(当時は京城)でデモが拡大、「独立万歳」をさけび(万歳事件)、独立宣言を発す。
・背景 ロシア革命の影響、ウィルソンのb 十四ヶ条宣言 の「民族自決」の提唱。

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   c 朝鮮総督府 は軍隊と警察を動員して鎮圧。約1年にわたり死者数千人、検挙者5万人。
・日本は武断政治を改めd 「文化政治」 による同化政策と経済支配の強化を進める。
  同 年4月 独立運動の勢力、上海でe 大韓民国臨時政府 を結成。大統領李承晩。
 五・四運動  1919年5月4日
・パリ講和会議で中国が主張したa 二十一ヶ条要求 の廃棄が拒否されたことに民衆が憤激。
 → b 北京大学 の学生の抗議デモが全国に波及、ストライキ続発。売国的閣僚の罷免などを要求。
 → 中国政府、c ヴェルサイユ条約調印を拒否 。※解説:
 意義:d 中国における反帝国主義の高揚であり、反封建、民主主義革命の出発点となった。 
 中国の領土保全  
・日本、パリ講和会議でa 山東省 のドイツ権益の継承を認められる。
    さらに赤道以北の旧ドイツ領南洋諸島のb 委任統治権 を獲る。
    国際連盟のc 常任理事国 となる。
  → 列強の日本に対する警戒感が強まる。
・1921~22年 d ワシントン会議 :中国、日本の二十一ヵ条要求撤廃を提訴。
  → アメリカ、イギリスが支持。日本も国際協調にかたむく。
・e 九ヵ国条約 :中国の主権尊重・領土保全などが確認され、
          日本はa 山東省 の権益は中国に返還。(1節参照)
  → f 石井・ランシング協定 は破棄。二十一カ条要求以前の状態に戻る。
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ウ.国民党と共産党 用語リストへ
 中国ナショナリズム の高揚 日本の侵出に無抵抗な北京の軍閥政府に対する反発強まる。
・1919年10月 a 孫文 、中華革命党を公開政党としb 中国国民党 を組織。
  同  年 ソヴィエト=ロシアのc カラハン宣言 :秘密条約の無効、外国の干渉拒否、
       平等の善隣関係樹立を呼びかけ、対中国利権の放棄を宣言。→中国国民の歓迎。
・1921年 孫文、北京の軍閥政府に対抗し、 広東軍政府 (第2次)を広州に再建(安定せず)。
  同  年 d 中国共産党 結成。委員長e 陳独秀  ← f コミンテルン の援助。
   = 帝国主義と封建軍閥の両者を打倒する民族民主革命の実現と、統一戦線の結成を掲げる
 1923年 ソヴィエト政権全権代表 ヨッフェ 、孫文に国共合作を働きかける。
 第1次国共合作 
・1924年  中国国民党一全大会 (広州)でa 孫文 が方針転換を打ち出す。
 ・b 国民党を改組  c 共産党 員が個人の資格でd 国民党 に入党することを認める。
       ← e ソ連 の援助を受け入れる。
 ・f 「連ソ・容共・扶助工農」  をかかげ、軍閥打倒、反帝国主義を明確にする。
    意味:g ソ連と連携し、共産党員を受け入れ、労働者・農民を支援すること。 
    = ▲h 新三民主義 ともいう。

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  → 1925年3月 a 孫文 死去 i 「革命いまだならず」 と遺書を残す。
・1925年 j 五・三〇運動 :上海の日本k 在華紡 でのストライキ起きる。
  → 5月30日、労働者、民衆に対し、イギリス租界の警察が発砲、数十人の死者が出る。
  → 香港、広州でストライキ(省港スト)が始まり、全国に波及。 
    意義:l 反帝国主義闘争のなかで、共産党の指導力が強まる。 
・ 同  年7月 国民党、広州でm 国民政府 樹立を宣言(広東政府)。
 北伐   国民党でa 蒋介石 が台頭(1924年に 黄埔軍官学校 設立時の校長)
・国民政府軍として▲b 国民革命軍 を組織し、総司令となる。
 1926年 a 蒋介石 率いる国民政府軍によるc 北伐 開始。
  → 北京のd 軍閥政権 打倒と中国の統一をめざし、「▲e 国民革命 」を掲げる。
    共産党員の指導する農民運動も、軍閥打倒を支援。
 1927年1月 武漢占領。国民政府、武漢に移る(f 武漢政府 )=国民党左派が中心。
  同  年3月 南京占領。(このとき米英などの居留地が襲撃される 南京事件 おきる)
         g 上海 では共産党指導による労働者が軍閥勢力を制圧。
・国民政府内で共産党勢力が拡大 → ブルジョアジーの中に、共産党に対する不安強まる。
 上海クーデタ  
・1927年4月12日 北伐途上の上海で、a 蒋介石 がb 共産党 を排除、弾圧。
  → c 第一次国共合作 が崩壊。(四・一二事件ともいう)
  → d 南京国民政府 を樹立。a 蒋介石 主席(28年)就任。 → 共産党員を排除。
  同  年9月 武漢政府も共産党勢力を排除し、南京政府に合流。
・e 国共分裂 となり、北伐は国民軍のみで再開。共産党員は農村を活動の場に移す。  
 北伐 再開 1928年4月 蒋介石の国民革命軍、北京に迫る。
・北京軍閥政権の情勢:東北地方の 東三省 を基盤とした 奉天軍閥 のa 張作霖 が、
   日本のb 関東軍 の支援を受け、 安徽派 の段祺瑞・ 直隷派 の呉佩孚らを抑える。
・日本(田中義一内閣)、居留民保護を口実にc 山東出兵 。(27~28年、三次にわたり出兵)
  → 1928年 日本軍と国民党軍が衝突( 済南事件 )。→ 国民軍、全面対決は避ける。
・1928年6月 国民革命軍、北京占領。a 張作霖 軍、敗退する。 → 奉天に撤退。
  → 日本(b 関東軍 の独断)、d 張作霖爆殺事件 (奉天事件)を強行。
 国民政府の統一   1928年8月 蒋介石、北京に入り、a 北伐完成 
・1928年12月 奉天のb 張学良 、国民政府(国民党)に従うことを声明し(易幟)、
  → 国民政府による中国統一が完成。議会制は実現せず。
・国民政府:c 浙江財閥 ※と、アメリカ・イギリスの支援を受ける。
  ※四大家族(蒋介石、宋子文、孔祥煕、陳立夫)= 外国資本に従属する▲d 買弁 
  → 1930年 国民政府、諸外国とのe 関税自主権回復 に成功。国内統一の機運高まる。

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 共産党の台頭  1927年 国共分裂後、江南を中心に武装蜂起するが失敗 →
・次第にコミンテルンの指導を離れ、農村でのソヴィエト政権建設に方針を転換。
・1929年 a 毛沢東 率いるb 紅軍 (共産党軍)がc 井崗山 に根拠地を建設。
  →  三大規律・六項注意 を定め、農民の支持を受ける。
・1931年 江西省d 瑞金 にe 中華ソヴィエト共和国 臨時政府を建設。
       主席a 毛沢東 。    → 国民政府軍の包囲戦をたびたび撃退する。
国民政府軍と共産党軍の内戦が激化。この間、日本軍の満蒙侵出が始まる。
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エ.インドでの民族運動の展開 用語リストへ
 反英闘争の激化   
・第一次大戦中、インドはイギリスに協力、多数の兵士を戦場に送る。
  → イギリス政府、民族自決の原則に基づき、戦後のa インド自治を約束 
・1919年 b インド統治法  州行政の一部は自治を認めるが、中央権力はイギリスが掌握する。
  同  年 イギリス、c ローラット法 施行:令状無しの逮捕・裁判無しの投獄が出来る。
   → d ガンディー が指導し、反英闘争を展開、全国的に同盟休業(ハルタール)を行う。
ガンディー

B ガンディー  

  同  年4月 e アムリットサール事件  イギリス軍が民衆に発砲し虐殺。
 ガンディー  の活動。
・イギリスに留学、ロンドンで弁護士となり、南アフリカでインド人差別問題に取り組む。
・1910年 ▲a 『ヒンド・スワラージ』 を発表、イギリスの支配を批判。
 =b 非暴力・不服従 (c▲ サティヤーグラハ )による差別撤廃を呼びかける。
・1915年 インドに帰り、第一次大戦にあたり、イギリスの戦争に協力。
・その精神d 非暴力の大衆的運動でイギリス支配に抵抗し、独立を実現すること。 
  → 国民会議派の指導者となり、マハートマー(偉大な魂)と言われるようになる。
 非暴力・不服従運動 (第1次 1919~22年)
・1920年 a ガンディー が提起し、国民会議大会で決議される。
  → 自治獲得をめざし、イギリスに対する非協力運動を展開。
・イスラーム教徒(ムスリム)のカリフ擁護運動(▲ ヒラーファット運動 ※)とも連携し、
   b 全インド=ムスリム連盟 も協力。※解説:
・1922年 農民による警官殺害事件が起こり、運動中止。
   → ムスリムは次第に反国民会議派となり親イギリス路線をとるようになる。
 → ▲ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の対立( コミュナリズム ※という)が深刻になる。※解説:
・▲ロシア革命の影響 → 社会主義の台頭 1920年 全インド労働組合会議発足、
 1925年 e インド共産党 の創立。 

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 非暴力・不服従運動  (第2次 1930~34年)
・1927年 イギリスが設置したa 憲法改革調査委員会 にインド人が含まれず、不満再燃。
  → インド総督、自治を約束し、ロンドンでの円卓会議実施を表明
 1929年 b ネルー の指導する急進派、国民会議派大会をc ラホール で開催。
  → d 完全独立(プールナ=スワラージ) を宣言。円卓会議ボイコットと不服従運動を決議。
・1930年 e ガンディー 、f 塩の行進 を開始。イギリスの塩専売に抗議。
  → ロンドンで、g 英印円卓会議 開催 32年まで3回開催 e ガンディー は第2回のみに参加。
  → イギリスの提案したヒンドゥー教徒、ムスリム、不可触民などの分離選挙に反対する。
・1932年 e ガンディー 不服従運動を再開し逮捕される。
  → 不可触民をハリジャン(神の子)と呼び、差別撤廃を訴える。
 1934年 逮捕者多く、運動中止。
 新インド統治法  1935年に成立。 改正インド統治法ともいう。
・内容:a 州の自治は認められたが、インド総督・州知事の任免権はイギリスが持つ。 
    → 中央の財政、防衛、外交もイギリスが掌握する体制が維持される。
 1937年 州選挙実施。国民会議派が多くの州で政権獲得。→ 国民会議派の与党化。
       ムスリムが多数を占める州では、ムスリム地域政党が政権を握る。
・b 全インド=ムスリム連盟 (c ジンナー ら)ムスリム独立国家建設方針に転じる。

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 1940年 イスラーム国家d パキスタン の建設を目標に掲げる。
F 第二次世界大戦の勃発
・イギリスはインド自動的に参戦させる。
  → 国民会議派、反発して地方政権から離脱。即時完全独立を要求。
・1942年 日本軍インドに迫る → a ガンディー 、▲ 「インドを立ち去れ」運動 を開始。
  → イギリス、国民会議派を非合法化し、ガンディーら指導者を投獄。
・▲チャンドラ=ボースは日本軍に協力し独立を目指すも失敗。
第二次世界大戦終結後まで、インドの完全独立は実現せず。 
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オ.東南アジアでの独立運動の展開 用語リストへ
 インドネシア  a オランダ の植民地支配からの独立運動
  1920年 b インドネシア共産党 結成 → 26~27年に蜂起し、厳しい弾圧で消滅。
  1927年 c スカルノ 、d インドネシア国民党 結成、独立運動を再編成。
   → 28年 インドネシアとしての、祖国・民族・言語の統一をめざすことを宣言。
 フランス領インドシナ 
 20世紀初頭からのa ベトナム民族運動 が続く。
  1925年 b ホー=チ=ミン  ベトナム青年革命同志会結成。
  1927年 ベトナム国民党組織。 →1930年 武装蜂起、フランスに鎮圧され失敗。
  1930年 c インドシナ共産党  結成。 → 弾圧を受けながら農村ソヴィエト建設。
 ビルマ (現ミャンマー) a イギリス の支配に対し1920年代から民族運動はじまる。
  1935年 新インド統治法で、インドから分離。ビルマ総督の支配する準自治領となる。
   → b タキン党 (「われらビルマ人協会」)による独立運動が行われる。
     指導者  アウンサン  1940年代 はじめ日本に協力、後に抗日運動を展開。
 フィリピン   1898年以来、アメリカの統治。独立運動抑えられる。
  1907年 議会が開設され、フィリピン人への権限委譲が進む。 →経済支配は続く。
    → 輸出用商品作物に依存した農村の窮乏続く。
  1934年 アメリカb F=ローズヴェルト 大統領の時、 フィリピン独立法 制定される。
    = 10年後の独立を約束。c フィリピン独立準備政府 が発足。
  1941年 太平洋戦争勃発 東南アジア諸地域への日本軍の侵攻始まる。
補足
 タイ  ラタナコーシン朝のもとで独立を維持する。→近代化の声強まる。
  1932年 a タイ立憲革命  b ピブン ら、留学帰りの人民党による無血革命成功。
  1939年 国号をシャムからc タイ に変更する。  
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カ.トルコ革命とイスラーム諸国の動向 用語リストへ
 トルコ革命  オスマン帝国 第一次大戦で同盟側に参戦し敗北。反政府運動起こる。
  1919年 ギリシア軍がイズミルに侵攻。 → a ギリシア=トルコ戦争 
   d セーブル条約 で諸民族の分離独立、国土の大幅縮小を強いられる。
 ・1920年 b ムスタファ=ケマル  トルコ国民党を率いc トルコ大国民議会 を組織。

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   → d セーブル条約 の批准を拒否。1922年 ギリシア軍を撃退しイズミルを回復。
ケマル=パシャ

 ムスタファ=ケマル  

 ・1922年 e スルタン制 廃止、f オスマン帝国 が滅亡。
  1923年 連合国と新たにg ローザンヌ条約  締結。
   → 新国境を確定、治外法権の廃止、関税自主権の回復に成功。
 ・ 同  年 h トルコ共和国 成立。b ムスタファ=ケマル 初代大統領となる。
        首都をアンカラに移す。イスタンブルは商業都市として継続。
  1924年 i 共和国憲法 制定。主権在民、大統領制。
   → j カリフ制 を廃止し、k 政教分離 を実現。
 ・トルコ革命の 世俗主義 :現在まで、トルコ共和国の理念となる。
   イスラーム暦をやめ太陽暦採用。
   l 文字改革 :アラビア文字にかわりローマ字を採用。
   m 女性解放 :チャドルの廃止、一夫一婦制の樹立、婦人参政権(34年)。
   → 政治上は、b ムスタファ=ケマル が組織した共和人民党による独裁であった。
 ・1934年 ケマルにn アタテュルク (「トルコの父」の意味)の称号が贈られる。
 エジプト  1914年以来 イギリスの保護国となる。
 ・第一次世界大戦後、a ワフド党 を中心とした民族運動が活発となる。
  1922年 イギリス、保護権を廃止、b エジプト王国 とする。
   → c スエズ運河地帯駐留権 は留保。 →エジプト民衆の抗議続く。
  1928年 ▲d ムスリム同胞団 結成。コーランを憲法としたイスラーム国家建設を主張。
   → 現在のイスラーム原理主義運動の出発点となる。
  1936年 e エジプト=イギリス同盟条約 :イギリスはエジプトの主権を認めるが、
        運河地帯とスーダンへの兵力駐留権を保持。

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 アフガニスタン  1880年以来、イギリスの保護国。
  1919年 a 第3次アフガン戦争 の結果、イギリス勢力を排除して独立。
   背景:インドにおける民族独立運動の激化。イギリスはインド対策で忙殺される。
 イラン  1908年 油田発見。a カージャール朝 、大戦中、英・露の介入強まる。
 ・1921年 軍人のb レザー=ハーン のクーデタ a カージャール朝 の実権を奪う。
  1925年 自ら国王(シャー)を称し、c パフレヴィー朝 成立。
   → トルコにならい近代化を進め、28年 治外法権の撤廃と関税自主権の回復を宣言。
 ・1935年 国名をd イラン と改める。 → 石油の利権はイギリスが保持。
イブン=サウド

 イブン=サウード  

 アラビア半島  大戦中a イギリス ロレンスがアラブ人の反トルコ活動を支援。
 ・1916年 メッカの太守b フセイン(フサイン) がc ヒジャーズ王国 を建国。
 ・半島中央部のネジド地方ではサウード家のd イブン=サウード が台頭。
   → ワッハーブ王国の再興を目指し、イギリスの援助で独立運動を展開。
  1924年 メッカなどを攻略、c ヒジャーズ王国 を破り
        e ヒジャーズ=ネジド王国 を建国。
  1932年 半島の大半を統一。国号をf サウジアラビア王国 とする。首都リヤド。
 ・▲南西部では、1918年にg イエメン王国 が独立。
 アラブ諸国の独立  1920年 連合国サン=レモ会議で英仏の委任統治を決定。
   → オスマン帝国とのセーヴル条約で承認させる。
 ・イギリス委任統治領から次の国家が独立 → イギリスは ハーシム家 の王をそれぞれ即位させる
  a イラク王国 :1921年 フセインの長男ファイサルを国王として迎える。
    → 1932年に独立が承認される。→ 1958年 イラク革命で共和国になる。
  b ヨルダン王国 :1928年 フセインの次男アブドゥラーを国王にトランス=ヨルダン王国
      として独立。(ヨルダン川東岸の意味)
    → 正式には1946年にヨルダン王国(ヨルダン=ハーシム王国)として独立が認められる。
 ・フランス委任統治領
  d シリア :1920年 フセインの長男ファイサルが国王として独立を宣言するがフランスが拒否。
    → ファイサルはイギリスが保護して翌年、イラク国王とする。 
    → 1936年 自治が認められる。1946年に共和国として独立。
  c レバノン :1941年 シリアから分離して独立。1943年共和国となる。
 パレスチナ地方  大戦中、イギリス・フランス・トルコの秘密外交が続く。
 ・1915年 a フセイン=マクマホン協定 :英、アラブ人に対しトルコからの独立を約束。
 ・1917年 b バルフォア宣言 :英、ユダヤ人のパレスチナ復帰運動(c シオニズム )支援を約束。
   → ヨーロッパ各地から、ユダヤ人のパレスチナ移住始まる。(以上、15章2節参照)
   → パレスチナ領有をアラブ・ユダヤの両民族が主張し衝突し始める。
▲補足 アフリカ北部 マグリブ地方の民族運動
 ・フランス保護領のa モロッコ での民族運動激化
   1920年 北部でのリーフ戦争が始まり、リーフ共和国独立宣言。26年に鎮圧される。
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キ.アフリカの民族主義 用語リストへ
1.反植民地運動の始まり

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 ・19~20世紀初頭 ヨーロッパ帝国主義列強によるa アフリカ分割 の進行。(14章2節参照)
   → アフリカ各地で抵抗運動始まる。
 ・1912年 b アフリカ民族会議 設立。
  c 南アフリカ連邦 でのd 人種差別撤廃 をめざす。非暴力主義による運動.
   → 第一次世界大戦後、民族主義の拡大傾向強まり、南ア政府は▲e アパルトヘイト 政策を強める。
   → 南アフリカ共和国となってから激しい反差別運動の中心となる。
     1991年に差別撤廃。(17章3節参照)
2.欧米でのアフリカ民族運動
 ・19世紀末から、アメリカ・カリブ海域のアフリカ系知識人の中にa パン=アフリカニズム 
  の運動が始まる。 = 欧米を舞台にしたアフリカ解放の運動となる。
 ・1900年 b パン=アフリカ会議  ロンドンで開催。
   = 西欧植民地主義への抗議、人種差別への反対を唱える。
 ・1919年 同会議をパリで開催(講和会議中) アフリカ植民地での段階的自治の推進を決議。
 ・第二次世界大戦後、アフリカでの運動と欧米での運動が合体。
   → 次第にアフリカ民族主義運動(ナショナリズム)に転換していく。
 1960年前後に一斉に独立を勝ち取る。(16章3節参照)
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ア.第一次世界大戦と東アジア
イ.日本の動きと民族運動
ウ.国民党と共産党
エ.インドでの民族運動の展開
オ.東南アジアでの独立運動の展開
カ.トルコ革命とイスラーム諸国の動向
キ.アフリカの民族主義

目 次

序章 先史の世界

1章 オリエントと地中海世界

2章 アジア・アメリカの文明

3章 東アジア世界

4章 内陸アジア世界

5章 イスラーム世界

6章 ヨーロッパ世界の形成

7章 諸地域世界の交流

8章 アジア諸地域の繁栄

9章 近代ヨーロッパの成立

10章 ヨーロッパ主権国家体制

11章 欧米近代社会の形成

12章 欧米国民国家の形成

13章 アジア諸地域の動揺

14章 帝国主義と民族運動

15章 二つの世界大戦

16章 冷戦と第三世界の自立

17章 現代の世界