印刷 | 通常画面に戻る |

アルジェリア戦争

1954年に激化したアルジェリアのフランスからの独立戦争。民族解放戦線(FLN)による激しい武力闘争が続いた結果、ド=ゴール政権が独立を容認、62年に終結し、独立を達成した。

 北アフリカのアルジェリアは、1830年のシャルル10世のアルジェリア出兵以来、フランス領であったが、第二次世界大戦後に独立運動が激化し、1948年にベン=ベラの指導で民族解放戦線(FLN)が結成され、1954年11月1日に武装闘争を開始、フランス系白人(コロン)とフランス軍を相手に激しい独立戦争を開始した。FLNは激しいテロ活動を展開、フランス人入植者も報復テロを行って闘争は凄惨な様相となった。フランス本国政府は1957年1月空挺部隊を送り込んでアルジェを制圧し、大規模なゲリラ掃討作戦を展開し、運動を抑えつけた。58年11月にはFLNはカイロでアルジェリア臨時政府を樹立した。

フランスの“アルジェリア問題”

 この間、本国フランス政府はアルジェリアの独立承認に傾いたが、それに不満な軍部と現地フランス人が激しく反発してアルジェリア問題が深刻化した。1958年に第四共和政政府が倒れてド=ゴールが復活して首相となり、ついで大統領となって第五共和政を成立させた。

ド=ゴールの方針転換

 ド=ゴールは現地軍の反乱をフランス軍を派遣して鎮圧した後、一転して方針を独立承認に変更し、1961年にはアルジェリア独立を承認する国民投票が成立した。1962年にフランス政府とアルジェリア臨時政府との和平協定(エヴィアン協定)が成立しアルジェリア戦争が終結、1962年7月3日アルジェリア民主人民共和国を樹立した。アルジェリア戦争とその独立は、アフリカ諸国の独立運動を呼び起こし、1960年10月までに17の国の独立するアフリカの年をもたらした。

映画『アルジェの戦い』

 1966年に制作されたイタリア映画「アルジェの戦い」(ジッロ=ポンテコルヴォ監督)は、54年から60年までのアルジェリア戦争を描いて同年のヴェネツィア映画祭の金獅子賞を受賞した。この映画は実際にアルジェリア独立戦争に参加したアルジェリア人が出演し、すさまじいテロやフランス軍の拷問をリアルに再現、観客に衝撃を与えた。監督は解放戦線側だけでなくフランス軍の言い分も平等に取り上げたと説明したが、映画祭に集まったフランス人の記者や関係者は、一方的な反フランス的に描かれているとして一斉に退場したという。前世紀中ごろの映画だが、今見ても民族独立の願いの切実さと、それを力で抑えつけることのの愚かしさを強く訴えかけるものがある。またテロと報復という現代の中東で起きている事態を予感させる、一見の価値ある映画である。