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ラミダス猿人

アフリカのエチオピアで発見された最古の化石人類のひとつ。約450万年前に存在し、直立歩行していた。学名はアルディピテクス=ラミダス。

ラミダス猿人「アルディ」の想像図(朝日新聞 09.10.2)
ラミダス猿人アルディの想像図
(朝日新聞 09.10.2 による)
 1994年、アメリカのホワイト(カリフォルニア大学バークリー校)、日本の諏訪元(東大)などがアフリカのエチオピア、アワシュ川中流で発見した、約450万年前猿人の一種。1990年代にはこれが最古の化石人類とされていたが、2000年代に入り、さらにさかのぼる化石人類の発見が相次いでいる(人類の出現年代の項を参照)。ラミダスとは、現地の言葉で「根(ルーツ)」を意味するという。学名はアルディピテクス=ラミダス。
 発掘された歯などから犬歯が退化した(ということは明らかにサルとは違う)ヒトの化石であると判明した。この化石は1994年の英国の科学誌『ネイチャー』に発表され、当時として最古のアウストラロピテクスに先行する化石人類と認定された。ただし腰骨や脚の骨が未報告であるので直立二足歩行には疑問もあるとされている。(下の記事参照) → 人類

Episode 日本人学者が発見したラミダス猿人

 化石ハンター諏訪元氏は東大からカリフォルニア大学に留学、ホワイト教授の下で古人類学の研究に従事し、アフリカのエチオピアでの調査団に加わった。1992年12月13日、アワシュ地方の荒野を歩き回っていた。エチオピア人の化石発見の名人アスフォーがサルのあごがあったというところだ。地表を探し回る。探すときはイメージした化石の他は目に入らないそうだ。そのとき歯の根のようなものが目に飛び込んできた。息をのんでよく見ると明らかにヒトの大臼歯だった。留学中の10年以上、あらゆる時代の歯を見続けた諏訪の目には疑いはなかった。現場の地層は500万年から400万年前とわかっていたので、これがその時点での最古の人骨の発見となった。諏訪氏は現在は東大総合研究所博物館助教授。<『われら以外の人類』内村直之 朝日選書 2005年 p.36>

NewS ラミダス猿人の最新情報

 ラミダス猿人の全身骨格復元される。 2009年10月、諏訪元教授らのグループは、ラミダス猿人の化石から全身像を復元することに成功したと発表した。約440万年前の個体で、「アルディ」の愛称が付けられた。彼女は、身長120センチ、体重50キロ、脳の大きさは300~350ccでアウストラロピテクス(500cc程度)よりは小さくチンパンジーよりに近い。森で暮らし、木登りする一方で二足歩行も可能だった。これまで全身に近い人類骨格は「ルーシー」の愛称を持つ約320万年前のアウストラロピテクスのものが最古だった。右上はそのラミダス猿人の想像図。朝日新聞 2009年10月2日付朝刊

アルディピテクス=ラミダスの特徴

 アルディピテクス=ラミダスの化石は、エチオピアの約440万年前の地層から多数見つかっている。アルディピテクス属に含まれる化石としては、同じくエチオピアで見つかったアルディピテクス=カダッハがある。これらは化石人類の中で、約700万年前に現れたサヘラントロプス=チャデンシスに次ぐもので、約420万年前に現れるアウストラロピテクスに先行している。アルディピテクス=ラミダスはその骨格から直立二足歩行していたと思われるが、次のような特徴がある。
  1. 土踏まずがない。土踏まずは現生人類にはあるがチンパンジーにはない。かれらは歩いてはいたが、あまり上手ではなかったと考えられる。
  2. 足の親指が大きく、他の4本と向かい合わせにしてものをつかむことができた。足でも枝をつかめた。
  3. 腕の長さは脚の長さに較べ、チンパンジーやゴリラより短く、ヒトよりは長い。
  4. 骨盤の上部の腸骨はヒトと同じく幅が広いが、下の座骨はチンパンジーと同じく上下に長い。
 これらから総合すると、アルディピテクス=ラミダスは直立二足歩行はできたがヒトより下手で、木登りは得意だったがチンパンジーよりは下手だったと考えられる。同時に出土する動物化石を分析すると、彼らが生活していた舞台は、森林と草原の双方が近くにある疎林であったことがわかる。<更科功『絶滅の人類史―なぜ「私たち」は生き延びたか』2018 NHK出版新書 p.45-51>
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ノートの参照
序章1節ア.人類の進化
書籍案内

内村直之
『われら以外の人類』
2005年 朝日選書

更科功
『絶滅の人類史―なぜ「私たち」は生き延びたか』
2018 NHK出版新書