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ネアンデルタール人

ネアンデルタール博物館のネアンデルタール人
ネアンデルタール博物館の
ネアンデルタール人。
赤澤威『ネアンデルタール人の正体』
朝日選書より

代表的な旧人の化石人類。ドイツのネアンデル渓谷で発見された。

 化石人類の中の旧人に属する人類で、約20万年間に現れ、4~3万年前に絶滅したと考えられる。1856年、ドイツのネアンデル谷(谷をドイツ語でタールという)で発見され、その後ヨーロッパから西アジア各地に広く発見されている。ネアンデルタール人は毛皮をまとい、洞窟に住み、剥片石器を用いて狩猟採集生活を行っていた。また脳容積が大きく、仲間を埋葬するなどの精神的な営みも行っていたことが知られている。また、喉や胸骨の構造も現代人とほとんど代わらないことから、言語活動も行っていたと想像する説もある。ネアンデルタール人は3万年前頃に絶滅し、現生人類への置換が行われたと考えられているが、最近の研究では両者はかなり長い時期にわたり併存関係にあったとされる。しかし両者の間に敵対関係や、逆に混血などの関係があったのかどうかについては諸説あるが、いまのところ不明である。(ネアンデルタール人がどこかに生存していると真面目に考えている学者もいる。)

発見の経緯

 ネアンデルタール人が洪積世の人類化石であると認められるのには45年かかった。1856年、ドイツの高校教師フールロットは、デュッセルドルフの近くのネアンデル渓谷で掘り出されたという古い人骨を、頭骨の形や脳の容積から見て原始時代の人類の骨であると確信し、「ノアの洪水で溺れ死んだ人」の骨だと学会で発表した。しかし大学教授たちは、「絶滅した特殊な人類の一種」であるとか、「ナポレオン戦争で戦死したコサック兵の遺骨」、「クル病にかかって変形した老人の骨」などとしてフールロットの説を認めなかった。ダーウィンの進化論が発表される1858年よりも前のことだった。フールロットは自説が認められないままこの世を去り、ようやく死後24年経った1901年、ドイツの解剖学者シュワルベによってネアンデルタール人が化石人骨であることがようやく認められた。同じような化石が多数発見され、「進化」の概念も導入されたからだった。

ホモ=サピエンスとの共存

 現在知られている人類進化の過程に関する学説で最も一般的なのは、アフリカに生まれた原人(ホモ=エレクトゥス)が約60万年前に枝分かれしてハイデルベルク人が現れ、その一部が中東・ヨーロッパに広がってネアンデルタール人となった、というものである。また長い間、ネアンデルタール人はヨーロッパにおいてクロマニヨン人に進化したと考えられてきたが、人類学の進歩によってその見方は現在では否定されている。また1940年代にはネアンデルタール人を独立した種ではなく、ホモ=サピエンスの亜種であるとして、ホモ=サピエンス=ネアンデルターレンシスという学名が与えられたが、それも現在は否定されており使われなくなっている。現在では、現生人類つまり新人(ホモ=サピエンス)はハイデルベルク人とは別に原人から枝分かれした系統から生まれ、ユーラシア各地に拡散し、その中から生まれたクロマニヨン人がネアンデルタール人と共存しながら次第にそれを駆逐し、ネアンデルタール人は3万年前ごろに滅亡した、と考えられている。ネアンデルタール人とクロマニヨン人が共存していたという興味深い遺跡が、イスラエルのカルメル山周辺でいくつも見つかっている(そのうちの一つのアムッド遺跡は日本隊が発掘した)。<奈良貴史『ネアンデルタール人類のなぞ』2003 岩波ジュニア新書/内村直之『われら以外の人類』2005 朝日選書 などによる>

Episode 新しいネアンデルタール人像

 ネアンデルタール人には凶暴な野人というイメージがつきまとっていた。最近になってそのような思いこみは訂正されつつある。イラクのシャニダール洞窟では家族生活を営み、仲間を手厚く葬っていたり、病人を介護していた様子がうかがわれる。また日本の人類学者赤澤威はシリアのデデリエ洞窟で発掘した子どもの人骨をもとに全身を復元し、彼らの心性に迫っている。アメリカのある学者は、「もしネアンデルタール人がわれわれと同じ格好をして隣に座っていても気がつかないだろう」といっているという。そんな考えで復元された人物が最初の化石の発見地に建てられたネアンデルタール博物館に展示されている(図)。<赤澤威編著『ネアンデルタール人の正体』朝日選書 2005 p.29-54>

ネアンデルタール人VSクロマニヨン人?

 ネアンデルタール人は原人段階の資質を多く引継ぎながら新たな特徴を身につけ、ヨーロッパを中心とした寒冷な気候に適応して生きてきた。しかし、われわれ現代人の先祖でありアフリカに生まれたホモ=サピエンスの一派でであるクロマニヨン人が、後期旧石器の技術を身につけてヨーロッパにやってきた。ネアンデルタール人はクロマニヨン人とどのような交流があったか不明だが、次第にその居住地域を譲っていき、遅くとも2万7千年頃には地球上から姿を消した。現在のところ、最も新しいネアンデルタール人類の人骨はイベリア半島のサファイラ洞窟から見つかっているが、ジブラルタル海峡を越えた気配はない。一方、ヨーロッパの主役となったクロマニヨン人は狩猟技術を向上させ、洞窟絵画などの芸術性を伴う新たな文化を身につけて、人類の文明を形成していく。なぜこのような違いがでたのか? ネアンデルタール人はなぜ消滅したのか? これは現在でも大きな謎であり、さまざまな仮説が立てられている。クロマニヨン人と混血して吸収されたという節、クロマニヨン人との闘争で滅ぼされたとする説などがあるがいずれも証明されていない。

ネアンデルタール人の絶滅が教えること

 結局、ネアンデルタール人の絶滅した理由は謎であるが、大筋は長い時間の中で「食料を手に入れる技術の差などがちょっとした生存率の差を生み、それが次第に彼らの人口を減らしていったのではないか」<内村前掲書p.242>、あるいは寒冷条件に極限まで適応してきわめて小さな人口集団で暮らしていた彼らが、パワフルな現代人のパワーに呑み見込まれて消滅した<赤澤前掲書 p.85-86 第2章地球から消えた人々(片山一道)>、といったところであろう。また、「ある時期を境にして、持ち続けてきた古い形質と自分たちの形質とで飽和状態になり、新たに適応するのが困難になってしまったのではないか」<奈良 前掲書 p.162>という指摘もある。それではわれわれ現代人はどうだろうか? 文明を極端に発達させたわれわれは、さて電気が使えない、携帯が使えないとなったとき、果たして生き延びることができる力を持っているのだろうか。2011年の東日本大震災での津波、原発事故、停電という事態の中で、かつて地球上から姿を消した「人類」がいたことは何らかの示唆になると思われる。
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ノートの参照
序章1節 ア.人類の進化
書籍案内

奈良貴史
『ネアンデルタール人類のなぞ』
2003 岩波ジュニア新書

内村直之
『われら以外の人類』
朝日選書 2005年

赤澤威編著
『ネアンデルタール人の正体』
朝日選書 2005