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新石器革命

約紀元前7000年頃、新石器時代の開始によって、人類が獲得経済から定住・生産経済(農業)に移行し、文明段階に移行した変革。

農耕・牧畜の開始

 打製石器、骨角器を主な道具として狩猟採集生活を送り、獲得経済にとどまっていた人類が、穀類や根菜類を栽培し、家畜を飼育して食糧を生産する農耕・牧畜という生産経済に移行した。その変化は磨製石器土器の出現となって現れており、この新しい文化を旧石器文化に対して新石器文化という。また、狩猟採集生活を基本とした旧石器時代に対して、新石器時代という。
 その変化は、約紀元前7000年紀のメソポタミア文明に始まったと考えられているが、人類最初の大きな変革であった。その変化が新石器革命であり、食料生産革命とも言われている。あるいは、農業革命という場合もある。ただし、農業革命という用語は、イギリスの産業革命と同時に起こった資本主義的農業生産の開始を意味する場合もあるので注意すること。
 新石器革命は緩慢な動きであったが、人類は農耕・牧畜社会に移行し、食糧の安定的供給によって人口を増加させ、次の段階で、都市文明を生み出していった。

参考 新石器革命の提唱

 新石器革命という考え方は、イギリスの考古学者ゴードン・チャイルド(1892~1957)が『文明の起源』(1936)や『歴史のあけぼの』(1942)などの主著で提唱した。チャイルドはオーストラリア生まれでイギリスにわたり、考古学者として活躍、実証的な研究にマルクス主義の理論を採り入れて、文明の成立過程を考察した。その考古学の方法論と文明観は戦後の日本の考古学にも強い影響を及ぼし、特に岩波新書『文明の起源』は一般でも広く読まれた。
 チャイルドが提唱したことは、およそ次のようなことであった。人類は約1万年前、西アジアにおいて第一の大きな社会、経済上の変革をなしとげたのち、紀元前3000年頃、メソポタミアやエジプト・ナイル川下流域で、少し遅れてインダス川や中国の黄河流域で、第二の大変革を経験した。第一の変革とは、人間が定住生活を開始し、農業、家畜飼育を行うようになったこと、第二の変革とは国家、都市文明が成立したことであり、チャイルドは第一の変革を新石器革命、第二の変革を都市革命と呼んだ。チャイルドは生産力の上昇によって生まれた余剰が社会的分業を進展させたことに、都市革命の原点をおいている。<前川和也『世界の歴史① 人類の起源と古代オリエント』1998 中央公論社 p.146>
 このチャイルドの提唱は、細部は別として、大筋では現在でも正しいと考えられ、常識化していると言える。もちろん、次のような指摘も正しい。
(引用)かつてゴードン・チャイルドが「新石器革命」という言葉を使って注目された。チャイルドは農業の始まりによって爆発的に生産が増え、人口が増大したことを「革命」と表現したが、この革命という言葉の概念自体、近現代的なものである。新石器革命は現在も使われている言葉であるが、狩猟採集から農耕への移行は、数千年という長い時間をかけて起きたものであり、とても「革命」と呼べるような急激な変化ではなかった。<青柳正規『人類文明の黎明と暮れ方』興亡の世界史① 初刊2009 再刊2018 講談社学術文庫>